今回はしくじったなぁ。
短剣が掠った時に、あっとは思ったけれど。
案の定毒が塗られていて、途中からは毒が回る前に確保すべく少し無茶をしたせいで解毒薬を飲んでも少ししびれが残っている。
自室に戻ってから、もう一つの解毒薬を飲んでようやく落ち着いた。
二種類の解毒薬が必要だったところから、複合毒の組み合わせだったことが確定されたようなものだ。
「毒に詳しい人物がいる暗殺者集団……。面倒ね。今後も毒関連には注意しないと」
私の呟きに、舜娘が言う。
「今回はお嬢様が避けきれないほどの手練れだったのでしょう? しかも護衛対象の欣怡様を守りながらであれば、今回は成功でしょう?」
私の掠った腕の処置を終えた舜娘が、さらに付け加えるように言う。
「それに、次に同じような強さの相手に会ったなら。お嬢様は今日と同じことにはなりませんでしょう? それが私の知る、劉梓涵ですもの」
そんな言葉に私も、きっと顔をあげて答える。
「もちろんよ。今日と同じような相手に負けるわけがないわ。 次回は全力で叩き潰す」
「その意気ですわ。今後もどんどん潰して差し上げればいいのです」
碧玉宮の主従は今日も今日とて好戦的で物騒でしょうが、これが標準仕様なのであしからず……。
「ガウ」
心配になったのか、蒼が私によって来て足元から離れない。
そんな蒼に添うように黒も近くに居てくれる。
「蒼も黒もいい仕事だったわ。さすが、碧玉宮の護衛豹ね!この先も頼りにしているわ」
私の声に、二人は答えるように足元にすり寄って来るのでしっかりと撫でてあげる。
二匹は、ちゃんと私のケガに配慮しているようで利き手の右腕側にだけ来て撫でられている。
怪我した左側には守るように座るとき以外では寄ってきていない。
本当に賢い子たちである。
「とにかく欣怡様がご無事だったことが第一よ。 御子を宿しているのだから、御身を最大限守らなければ。それに、近々ご懐妊を発表することが吉と出るか凶と出るかは未知数だものね」
私の言葉に舜娘は頷きつつも言う。
「懐妊中なら陛下を色香で篭絡できると考える輩も出そうですが、一部は元々皇妃様一筋の方だったので諦める方も出るやもしれません。ふたを開けるまで未知数ですね」
本当にその通り。
素直に諦めてくれるのがいちばんだけれど、そう簡単にはいかないでしょうね……。
「本当に出産から生まれて少し経つまでは、安心できないわね。早く武官を育てなくては」
だいぶいい感じに育ってきているとはいえ、護衛で一番欲しい弓部隊はまだ育成初期で現場配置にはまだまだ力不足。
現在護衛に参加しているのは槍と剣を選んだ武官たちだ。
身のこなしが良かった武官が多いことと、生真面目な人物も多く私の鍛錬メニューに着いて来られる者が多かったことが配置についた理由となる。
弓部隊だって真面目な武官たちばかりなのだが弓に関しては狙いや飛距離の長さなども伸びてこないとお話にならないので、鍛錬期間が剣や槍より長くなってしまうのは致し方ないと言える。
その分、しっかり基礎からみっちりと弓に重きを置いて指導しているので、少しずつ成長しているのだ。
「その武官たちも若さゆえの柔軟さか、真面目な者が多かったのもあってかなりの成長速度で実践現場への配置も始まっていますし。これは育成面においてはかなりの速さだと思いますよ」
それはそう。だって星宇兄さまが基礎は徹底的に叩き込んでいた武官たちなのだから、あとはおのずと得意な武器の練習をすればあら不思議?
使える武官の誕生!ってなるのは基礎ありきだもの。
星宇兄さまは私が劉家の私兵団を特訓し始めたときに、なににおいても基礎体力と体幹だけは徹底的に鍛えるべし!と説いてそれを実践して皇宮師団顔前の私兵団にするのにも一役買っていたので皇宮師団でもそれを実践したのだろうことは間違いない。
そのおかげで基礎から叩かなくて済んだことが、育成スピードのカギとなっているのだ。
ただ、なにが悪かったって?
「基礎の叩き込みは星宇兄さま得意だけれど、各々の得意武器の見極めが決定的に下手なのよね」
それこそが皇宮師団の育成遅延の原因だったのだ。
もっと早く私を呼んでいれば、今の武官たちならば確実に半年は早く現場デビュー出来ていたかもしれないと思うと歯がゆいが、しっかり成長しているので良しとするしかない。
「そうでしたね。あの方は基本が徒手格闘の専門家だから……」
どの武器も使えるけれど、素手が一番強い星宇兄さまは拳で語りがちである……。
ゆえに、部下の得意武器の見極めが下手なのだ。
でも、身ごなしがバラエティーに富んでいる星宇兄さまの動きを見ていた部下の武官さんたちはそれぞれにその動きを自分に合うように取り入れる柔軟性があった。
実に、良き部下たちに恵まれているお兄様は幸せ者である。
「今回の若手武官たちは結構な逸材揃いだと思うのよ。成長スピードも速いし、応用力もあるし。良い武官になるわ」
私の掛け値なしの本音であるから、今後の龍安様と欣怡様の治世安定のために、強い武官となってほしいと思う。
「さぁ、今日も指導には行きましょうか? 武官はもちろん諜報部の若手も今とっても成長しているものね」
こうして襲撃を受けてもなお、まだまだ動く気の私に呆れつつ舜娘は付き合って訓練場へ行ってくれるのだった。
うん、舜娘大好きよ!