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第10話

 翌日、聖女宮に使者がやってきた。


「本日よりおふたりには、デジレ殿下との顔合わせをしていただきます。期間は殿下のお心が決まるまで、最大一年を目途とします」

「は、はい……」

「はぁい」


 淡々と内容を読み上げる使者の言葉を、ニナとふたり並んで聞いていた。


「まずはニナ様、そのあと引き続きラリエット様との顔合わせを行いますので、そのおつもりで」

「わ、わかりました……」

「順番ってことね! ふんふん」


 動揺を隠し切れない自分とは対照的に、ニナが嬉々とした声で答えた。


 どうやらニナは、デジレの婚約者候補になれたことが嬉しいらしい。

 大きな蜂蜜色の目をキラキラと輝かせ、前のめりに話を聞いていた。


「それに伴い、おふたりには事前に最低限のマナーレッスンを受けていただきます。レッスンは、明日より三日間連続で行います」

「え! は……、はいっ……」

「げっ! 面倒臭っ……」


 猫を被るのも忘れて、ニナが叫んだ。


 瞬間、使者の冷たい視線が刺さった。


「……ゴホンッ! それから、顔合わせにふさわしいドレス等一式もこちらで手配させていただきます。特に好みの色やデザインにご指定がなければ、こちらで適当に……」


 言いかけた使者の声を、ニナが勢いよくさえぎった。


「希望ありますっ! ちゃんとありますから、あとでまとめてお伝えしますっ。せっかくなら、メイドたちとも意見をすり合わせたりもしたいですしっ」


 ニナの勢いに、一瞬使者がたじろぐ。


「は、はぁ……」


 日頃から自分をよく見せることに余念のないニナなら、当然の反応だろう。

 だって王家が用意してくれるということは、お金を気にすることなく存分におしゃれが楽しめるということなのだし。


 どうやら歓喜にわいているのは、三つ子たちも同じであるらしい。


「はいっ! 精一杯殿下のお気に召すようなものをご提案いたしますわっ」

「頑張りますっ! こんな機会、滅多にないですしっ」

「腕が鳴りますわっ! うーん、聖女つきメイドになってよかったっ。きゃーっ!」


 三つ子のはしゃぐ声が重なった。


 にわかに高まる熱に、使者が顔を引きつらせた。

 ニナと三つ子たちにげんなりとした表情を浮かべ、じりじりと後ずさる。


「わ、……わかりました。では第一回目の顔合わせは二週間後の午後となりますので、ご用意のほどお願いいたします。連絡事項は以上です。し、失礼!」


 そう言って、使者は逃げるように立ち去っていった。


 その後ニナと三つ子たちは、どんな色のドレスがいいだの小物はどうするなどと大いに盛り上がっていた。


 けれど、ラリエットだけは違った。


「二週間後……? そんなにすぐ……?」


 次第に現実味を帯びてきた婚約者選定に、困惑するばかりだった。


「私が……デジレ殿下の、婚約者候補……? 顔……合わせ……?」


 いまだ信じがたい気持ちでラリエットはひとり、呆然とつぶやくのだった。



 そして、その日はあっという間にやってきた。


「たっだいまーっ!」


 一足早くデジレとの初顔合わせを終えたニナは、軽やかな足取りで聖女宮へと戻ってきた。


「「「あっ! おかえりなさいませっ。ニナ様!」」」


 三つ子たちの好奇心むき出しの笑みに迎えられ、ニナは得意げに鼻を鳴らした。


「ふっふーんっ。この調子じゃ、あたしが婚約者に選ばれる日は早いかもよ? とってもいい感じだったわぁ!」


 どうやら首尾は上々だったらしい。ニナの顔には、自信満々な笑みが浮かんでいた。


「殿下はどんなご様子でした!? 見たまんまの素敵な方でした?」

「どんなお話をなさったんですか? 趣味とか? 好きな食べ物とか?」

「あー、もうっ。どんな話をしたのか、早く教えてくださいよっ! ニナ様っ」


 キラキラと目を輝かせかけ寄る三つ子たちに、ニナが意気揚々と話し出そうとした瞬間、ニナの視線がこちらをちらと向いた。


「……あんた、もしかしてその格好で行くの?」

「え……?」


 眉をひそめた顔つきでそう言われて、ラリエットは自分の姿を見下ろした。


「だめ……? ドレスはリリアたちが皆で選んでくれたし、いつもの聖衣よりはましだと思うんだけど……」


 ニナの着ているドレスは、何日も考えに考え抜いてニナが用意させたものらしい。

 ただでさえ光を放つようなニナの明るさを一層引き立てるような、とても素敵なデザインだった。


 一方自分のドレスは、ニナのものほど色もデザインも華やかではない。


 正直地味過ぎる自分が何を着たところで、引き立つわけもない。

 せめてこれ以上悪目立ちしないようなものを、と三つ子たちに頼んで用意してもらったのだ。


 けれどいつものシンプルな聖衣姿に比べればはるかに豪華だし、失礼にも当たらないと思うのだけれど。


「いや、ドレスはいいのよ。ドレスは……。でもその髪……」

「あぁ……。これは、えっと……」


 ニナの言わんとしていることがわかって、首をぶるぶると横に振った。


「私たちもせっかくのドレスなんですし、髪をまとめた方が素敵って申し上げたんですけど……」

「ラリエット様が、どうしても髪はいじらないでほしいっておっしゃるので……」

「前髪を上げるだけでも、きっとおきれいになるに決まってますのにぃ……」


 三つ子たちが顔を見合わせ、しょんぼりと肩を落とした。


 そうなのだ。三つ子たちにも髪をまとめるなり、せめて前髪だけでも上げた方がいいとは言われていた。

 その方がずっとドレスも引き立つし、絶対に似合うからと。


 けれど、それはできない相談だった。


「特に前髪は……、これじゃなきゃだめなの。だからこのままで……」


 もごもごとそう告げれば、ニナが首を傾げ近づいてきた。


「なんでそんなに前髪にこだわるわけ? おでこに隠したい傷でも……?」


 にゅっと伸びてきたニナの手をかわし、慌てて逃げ出した。


「傷なんてないけど、とにかく私はこのままでいいのっ! も、もう時間だから行かなくちゃ……!」

「……変な子ねぇ?」


 ニナはそれ以上突っ込もうとはせず、肩をすくめあきれたように三つ子たちとおしゃべりに興じていた。


(はぁ……。いよいよ私の番……。このあとデジレ殿下と会うんだわ……。どうしよう……)


 初恋の人に会えるのは嬉しい。けれど、まともに話せる気もしないし、いつも以上に顔が強張ってしまってデジレが恐れおののくかもしれない。


 それにどんな顔をして会ったらいいのか。

 あの日のことを、デジレが覚えているとは限らないのだし。


(ううん……。覚えてるはず……ない。あんなほんの一瞬のこと……。ならこちらも何も知らないふりでいるべき……? でも……)


 迫りくるその時に、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 けれどそんなラリエットの背中に、三つ子の声が飛んできた。


「大丈夫ですよ。ラリエット様! デジレ殿下はお優しい方だと評判ですし」

「天気のお話とか最近あったこととかを、リラックスしておしゃべりするだけですよ!」

「なんならニナ様の寝相がひどいこととか、聖女棟ではどすどす音を立てて歩いてることとか暴露しちゃっても!」


 まったくもって役に立たそうもない三つ子たちのアドバイスに、すかさずニナの鋭い声が飛んだ。


「あんたたち……、もう一度言ってごらんなさいな?」

「「「ひいぃぃぃぃっ! じ、冗談ですぅっ!」」」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ三つ子たちとニナの声を聞きながら、そっと嘆息して指定の場所へと向かったのだった。


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