ピチチチチチ……! バササササッ……。
コポコポコポコポ……。
顔合わせがはじまってお茶が淹れ直されるのは、これで三度目だった。
テーブルの向こうに気配をひしひしと感じながら、どうにもいたたまれなくなってもじもじと座り直した。
「……」
「……」
はじめましての挨拶と庭に咲いている花がきれいだと話したっきり、会話は途絶えていた。
何か口にしなければと思いつつも、どうしても顔を上げられない。
それでも勇気を振り絞り、そっと目線を上げ向かいに座るデジレを見やった。そしてやっぱり慌てて再び目を伏せた。
(な、なんで……? どうして? なんで殿下ったら、こっちをずっと見てるの?)
なぜかデジレは、顔合わせがはじまってからというものただただじっとこちらを見つめ続けていた。身じろぎもせずに、じっと。
あまりに強い視線に、分厚い前髪を通過しておでこに穴が開きそうだった。
(た、確かマナーレッスンでは、相手の顔をあんまり直視するのは失礼だって……。なのになんで……?)
淹れ直されたお茶は、またしても手をつけられないままどんどん冷めていく。
会話もまったく弾まない。そしておでこには穴が開く。
けれどこのいたたまれない沈黙を一体どうすればいいのか、皆目見当もつかない。
(ど、どどどどど……どうしよう……。本当にどうしたら……)
顔合わせはよほどのことがない限り、所要時間はきっちり決められている。
話が弾まないから、とか気に入らないからなんて理由で早く切り上げることも延長することも認められてはいないのだ。
なんでもそれぞれの候補者に対する公平性を保つため、とかで。
ということは、これからしばらくこの沈黙が続くということだ。
ニナはデジレと会話も弾み、気に入ってもらえたような気がすると言っていた。
ということはニナとは普通に会話をしたに違いない。こんなふうにじっと見てくるだけじゃなくて。
ではなぜ自分との顔合わせは、こんなにも奇妙な視線と沈黙に満ちているのか。
じわり、と額に汗がにじみ出した。
もはやこの沈黙と真っすぐな視線に耐えられない。いっそ気を失ってしまいたい。
そう思ったその時だった。
「あー……ゴホンッ!」
聞こえてきた咳ばらいに、弾かれたように顔を上げた。
ふと見れば、なぜかデジレがテーブルの上に並んだお菓子をじっと見つめていた。
「……?」
視線の先には、見た目にもかわいらしいとてもおいしそうな菓子が並んでいた。
お腹でも空いたのだろうか。これは礼儀として何か取って差し出すべきなんだろうか。
じりじりと対応に悩んでいると、デジレがすっと立ち上がった。
「このお菓子は……」
「ひ、ひゃいっ……!」
突然に話しかけられて、見事に声が上ずった。
「いや、その……このお菓子は以前、君がおいしいと喜んでいたと聞いて……。だから、よかったら……」
「え?」
デジレのその言葉に、隅に控えていたメイドが素早く動いた。
そして流れるような動作でデジレが指したお菓子を皿に乗せると、目の前に並べてくれた。
「……」
まじまじと目の前に置かれた菓子を見てみれば、確かに以前に食べた記憶がある。
サクサクとした食感と甘酸っぱさがとてもおいしい、とリリアにお礼を言ったような。
「……!」
デジレの言葉と行動の意味に気がついて、一気に全身が赤くなった。
「あ……えっと、わざわざ調べて……?」
しどろもどろになりながら信じられない気持ちで問いかければ、デジレがこくりとうなずいた。
気のせいだろうか。デジレの耳が真っ赤に染まって見える。
「あ、あぁ。きっと慣れない場で緊張しているだろうと思って……。せめて好きなものでもあれば、気持ちも紛れるかと……」
「あ……ありがとうございます。お気遣いいただいて……その、う、嬉しいです。とっても……」
やっとのことでそう告げれば、デジレが嬉しそうににっこりと微笑んだ。
その顔が幼い日の微笑みと重なって、胸が忙しく跳ねる。
(またこうして再会できるなんて、嘘みたい……。嬉しい……)
緊張と不安のあまり逃げ出したいとさえ思っていたこともすっかり忘れ、心の中が喜びでいっぱいになった。
胸の奥でずっと閉じ込めて抑え込んでいた恋心が、むくむくと地面から芽吹き出して葉を広げていく。そんな気がしていた。
けれど、同時に思った。
(でも……、やっぱり私のことは覚えてないみたい。当然よね。ほんの短い時間話しただけだもの。覚えてるはずない……)
がっかりしたわけじゃない。だってあんなほんの一瞬の出会い、覚えている方がおかしい。
あの頃のデジレは、辛いことが立て続けに起きてそれどころではなかっただろうし。
(でもいいの。私にとっては、大事な出会いだったんだもの。あの日殿下が私の味方になってくれるって言ってくれて、本当に嬉しかったから……)
孤独で冷たい世界にいた自分に、味方になってくれると言ってくれた人。
生きる理由をくれた人。
そんな出会いに恵まれただけで、十分だ。そのデジレを、聖女として遠くから支えられるだけで――。
デジレが勧めてくれたお菓子の味は、緊張と喜びのあまりちっともわからなかった。
会話もやっぱりちっとも弾まなかった。デジレの視線も、おでこにずっと注がれたままだったし。
けれど心の中は弾むようにふわふわとして、とてもあたたかかった。