顔合わせが終わりに近づき、ふと気がついた。
もしもニナが婚約者になると発表されれば、すぐさま選定は終わるだろう。となればもう、こんなふうに自分と顔合わせをする必要はなくなる。
つまり、もう二度とこんなふうにデジレに直に言葉を届けられる機会なんてやってこないということだ。
なら――。
きゅっと口元を引き結び、自分を奮い立たせた。
「あ、あの……! デジレ殿下」
「なんだい? ラリエット」
足を止め、デジレと向かい合った。
「私……、頑張ります!」
「え?」
「ええっと、だから……この国の人たちが皆幸せに平穏に暮らせるように、不安なく幸せでいられるように……」
デジレは一瞬驚いたように目を見張り、こちらを見つめていた。
唐突にこんなことを言い出した自分に、びっくりしたのだろう。
でもどうしても伝えておきたかった。もうこんなふうに、面と向かって伝えられる機会なんてないかもしれないのだから。
「きっとこれからも、聖女として恥ずかしくないように頑張りますから……! ですから……その……。きっと助けになれるように……」
やっとのことで気持ちを伝え終え、おそるおそるデジレを見上げれば。
「……うん。ありがとう」
声ににじむ甘さに、思わずはっと顔を上げた。
「……君がいてくれてよかった。頼りにしているよ。ラリエット」
優しさの中に甘さが漂う表情に目を奪われ、ぽかんと口を開いた。
「……は、はい!」
慌ててだらしなく開いた口元を引き結び、うつむいた。
これでいい。とにもかくにも、長年伝えたかった思いは伝えられたのだから。
もう二度と言葉を交わせなくてもかまわない。きっとこの思い出だけで頑張れる。
そう自分に言い聞かせ、顔合わせが終わるまでの間ふたり並んで歩いた。
甘い花の香りと足元からふわりと立ち昇る土の匂い。風はやわらかく頬をなでていく。
そして、泣きたくなるほど幸せな時間が終わりを迎える間際、デジレが言った。
「今日は楽しかった。ではまた次の顔合わせで……。ラリエット」
「え……? 次……!? あ、は……はい!」
次があるのか、と信じられない気持ちでこくりとうなずけば、デジレがふわり、と優しく微笑んだ。
ふわふわとした夢見心地な足取りで聖女宮に戻ってみれば、皆が目をキラキラと輝かせながら今か今かと待ち受けていた。
「どうだった? ラリエット!」
どこか圧を感じさせる勢いでたずねるニナを、ぼうっと見返す。
「……どうって?」
「だから話が弾んだ、とか、何か気を持たせるようなことを言われたとか?」
自分の方がより気に入られたかどうか、気になって仕方がないのだろう。
「えっと……、お天気の話をして、お菓子を食べただけ……」
「……は?」
ニナの顔がいぶかしげに歪んだ。
三つ子も顔を見合わせ、黙り込んでいる。
「ならなんであんた、そんなに嬉しそうなの……?」
「え……?」
ニナの言葉に、思わず両手で顔を覆い隠した。
そんなに嬉しそうな顔をしていただろうか。
この弾むような鼓動が、だだ漏れになってしまっているのだろうか。
心の中が、じんわりとあたかな気持ちで満たされていた。
再会の喜びと、眠っていた種から芽生えたばかりの恋心とで。
とは言え、本当に次があるかなんてわからない。デジレはあんなふうにいってくれたけど、もしかしたら明日にでもニナが婚約者になると発表があるかもしれない。
だってあの日の約束を、きっとデジレは忘れてしまっているのだし。
それに、呪われている不機嫌聖女が選ばれるはずもないんだし。
ニナが婚約者として正式に発表されたら、きっと婚約者教育だのお披露目だのでニナは忙しくなるだろう。
(でもそうなったら、務めは私が全部引き受ければいいわ。もともと歴代の聖女様はそうしてきたんだし)
これまでずっと一緒に頑張ってきた仲間が、未来の王妃様になる。それはそれで、とても嬉しいことに違いない。
ニナはとても素敵な人だし、デジレともお似合いだ。
きっとふたりの幸せを、心から祝福できる。
そう自分に言い聞かせた。
(……そうだわ! なら今のうちにできることを済ませておこう……! 今ならなんだってできる気がするし)
なんだか清々しい気持ちで、ニナと三つ子たちに告げた。
「この間騎士団長さんが、これから聖薬がたくさん必要になるかもしれないって言ってたの。今から私、作ってくるわね」
突然の宣言に、ニナがぽかんと口を開いた。
「えっ? 今からっ!?」
三つ子たちも慌てて止めにかかる。
「そうですよ! 顔合わせが終わったばかりなんですし、もう少しお話も聞きたいですっ」
「聖薬作りなら、明日以降でもいいじゃありませんか! ラリエット様」
「色々と慣れないことばかりでお疲れでしょうし、お茶でも……!」
ふわふわとした気分のまま、困惑顔の皆に首を横に振ってみせた。
「でも今のうちに作っておいた方が、後々いいから。あ、ニナはゆっくりしていてね! じゃあ」
足取りは軽い。今ならいくらだって聖薬を作れそうな気がした。
「えっ⁉ ちょっとラリエット?」
「待ってくださいよぉ! ラリエット様!」
「そうですよぉ! 色々とお聞きしたいのにー」
「働き過ぎは禁物ですよ! ラリエット様ったら」
背中にニナと三つ子たちの声が聞こえてくるけれど、耳を素通りしていく。
そして夢見心地のまま、調合室へと向かったのだった。