「さ、次はラリエット様の番ですよ。いってらっしゃいませ!」
「とってもおきれいですよっ。自信を持って楽しんできてくださいねっ」
「今日こそは、どんなお話を殿下となさったか聞かせてくださいねーっ!」
二回目の顔合わせは、あっという間にやってきた。
ラリエットは着なれないドレスに身を包み、そわそわと落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた。
先にデジレとの顔合わせを済ませたニナは、もうすっかりソファに座って寛いでいる。
今日もデジレは優しく微笑みかけてくれただの、とびきり会話が弾んだだのと三つ子たちと大騒ぎしていた。
けれど気のせいだろうか。心なしか、元気がない。
(殿下と話が盛り上がり過ぎて、疲れただけ……? でも、ここのところなんだか様子がおかしいのよね……)
とは言え、自分の番を控えている今ニナを気にしている余裕はなかった。
ちらと鏡の中の自分を見やり、大きくふぅ、と息をついた。
「じ、じゃあ……いってきます……!」
「「「はいっ! いってらっしゃいませっ」」」
三つ子たちに元気よく送りだされ、ドキドキと高鳴る胸の鼓動をどうにか抑えつつ、聖女棟を出たのだった。
「お、お待たせしました。デジレ殿下」
この日の顔合わせの場所は、王室専用のこじんまりとした庭園だった。
とはいっても、あくまで王城内にある庭園の中では小さいという意味だけど。
この日は少し風が強かった。風にあおられて前髪から水色の目がのぞかないようそっと整え、一歩歩み寄った。
「やぁ。ラリエット」
今日もデジレは穏やかな笑みで迎えてくれた。
薄紫色の目に、胸がドキリと高鳴る。
小さく覚えたての礼の形を取ろうとした瞬間、止んでいたはずの風がぶわり、と吹き込んだ。
「あっ……!」
一瞬の出来事だった。おでこに強い風を感じて、はっとした。
(大変……! おでこが全開に……‼)
慌てて前髪を抑え、うつむいた。けれど、すでにデジレの視線はおでこに釘付けだった。きっと水色の目が見えてしまったのだろう。
「す……すみませんっ!」
何とも言えない顔でこちらを見つめたまま微動だにしないデジレから、慌てておでこを隠そうと顔に手を伸ばした。
次の瞬間、おかしなことが起きた。
「えっ……!?」
「あっ……!」
おでこを覆い隠そうとした手の甲に、熱を感じた。
(手が……。殿下の……手が……、私の指に……! な、なんで……!? なんで殿下が目の前に!?)
もとに戻そうと髪に伸ばした指先と、それを止めようとするデジレの指先が重なっていた。
「……」
「……」
驚きのあまりカチンと固まったまま、見つめ合う。
薄紫色の目が、じっとこちらをのぞき込んでいた。露わになってしまったこの水色の目も、全開になったおでこも。
触れた指先からじんわりと熱が伝わって、体が震えるほどに胸が大きく音を立てる。
けれど、いつまでもこうして固まっているわけにはいかない。
「あ、あの……、殿下。手を……」
「……」
けれどデジレはなぜか、至近距離で見つめ合ったまま微動だにしない。じっとこちらをのぞき込んだまま、指も触れ合ったままだ。
「えっと……? あ、あのっ……!」
熱で頭がどうかなりそうだった。
悲鳴に近い声を上げて、訴えれば。
「……ゴホンッ!」
少し離れた場所から、かなり大き目なわざとらしい咳払いが聞こえた。
その瞬間、デジレがはっと息をのみ大きく飛びのいた。
「……っ! す、すまないっ」
デジレの手が離れ、熱が引いていく。
「……あ、いえ」
「……」
どうにか息を整えそっと髪を直せば、ようやく視界がいつもの暗さに戻った。
(び、びっくりした……! 心臓が壊れちゃうかと……)
デジレは決まり悪そうに口元を手で覆い、謝罪した。
「……すまない。つい……。ただ……、髪で隠すのはもったいないと思って。君の目は……とてもきれいだから」
信じられない言葉に、思わず目を瞬いた。
「まるで晴れた空の色みたいで……。だから、……そんなふうに隠す必要はないと思って、つい……」
「……!」
みるみる引いたはずの熱が、顔にこもっていく。
(夢を見ているのかも……。院長から呪われた目だってずっと言われてたこの目を、きれいだなんて。皆この目を怖がるのに……)
火を噴きそうなくらいに厚い頬を両手で覆い、もごもごと口ごもった。
「あ、……いえ、その……。怖がらないでくださって……ありがとう……ござい、ます……」
他にどう返したらいいのかわからず、そんなことを口にすればデジレが小さく笑ったのが聞こえた。
そしてしばし黙り込み、デジレが優しい声で告げた。
「とりあえず、向こうの東屋へ行こう。あそこから見る景色がとてもきれいなんだ」
「は、……はい」
嬉しさに舞い上がりながらうなずけば、目の前にデジレの手がすっと差し出された。
「……?」
しばし固まり、その意味に気がついた。
これはきっと、貴族たちの言うところのエスコートなのだろうと。
東屋はすぐそこだし、わざわざ手を引いて連れていってもらう必要があるとは思えないけれど、応えるのもマナーに違いない。
でも――。
(でもこれって……、まるで手をつなぐみたい……)
もじもじとためらっていると、デジレの手が伸びた。
きゅっ……。
「さぁ、こっちだよ。ラリエット」
待ちくたびれたのか、デジレが手を握りゆっくりと歩き出したのだった。
サワサワ……、サワサワ……。
ふわり……。
色とりどりの花が咲き乱れる中を、手を引かれて歩く。
濃厚な花と土の香りがふわりと鼻腔をかすめて、クラリとする。
時折吹く風のせいで前髪が乱れ、その度に視界が明るく開ける。けれど手をつないでいるせいで、覆い隠すこともできない。
(落ち着いて。大丈夫。これはただのエスコートなんだから……。きっとニナだって同じように手を……)
その瞬間、なぜか胸の奥がもやりと陰った。
今のは一体なんだろう。この嫌な感じの、もやもやとした気持ちは。
こうなったらせめて早く東屋にたどり着きたい。その一心で必死についていく。
そしてようやく東屋にたどり着き、ベンチに腰を下ろした。
――のだったけれど。
(手が……! 手がつながれたままなのは、なんでっ!? これって……、いつ解いたらいいのっ? まさかこのまま……!?)
デジレは隣に座り、色とりどりに咲き誇る花たちを眺めながら色々な話をしてくれた。
けれどちっとも頭に入ってこない。
手からダイレクトに伝わる熱と、そしてすぐ隣にある体からもほんのりと熱を感じて、頭の中は大混乱だった。
緊張と熱のせいで、手のひらにじんわりと汗がにじむのがなんとも恥ずかしい。かといって、強引に振りほどくこともできずにいた。
すると。
「……!?」
気がついたら、デジレの目がこちらをじっと向いていた。
ぽん、と顔から今度こそ火を噴いた。
(な、なななな何っ!? 今度は一体何なの?)
どうにかこうにか声を振り絞り、デジレに問いかけた。
「あ、あの……! な、何か……?」
するとデジレは、おもむろに下からすくい上げるように前髪を一束指ですくい、にっこりと微笑んだのだ。
「ひゃっ!?」
驚きのあまり、おかしな声が出た。
デジレは小さく笑い、じっと目をのぞき込んだ。
「ねぇ、ラリエット。次の顔合わせでは、前髪を上げてみたらどうかな? きっとその方がきれいな目がよく見えていい」
「ひ、ひゃいっ……!?」
「あ、でも髪を上げるのは顔合わせの時だけにしてくれると嬉しいな」
「ふぁっ……!?」
「……おかしな虫がついたら困るから、普段はいつも通りでね」
それはつまり、次の顔合わせには前髪を上げてくるようにということだろうか。
この水色の目を露わにして臨め、と?
でも虫というのは?
意味がわからずパチパチと目を瞬けば、デジレの顔に何やら黒いものがちらりとかすめた気がした。
「ね? ラリエット」
今にも鼻先がくっつきそうな距離感でそう念を押され、慌ててこくこくとうなずいた。
「……わ、わかりました! そ、そうしますっ」
やっとのことでそう答えれば、デジレは満足げにうなずいた。
「ぶはっ……! ……ゴホンッ!」
少し離れたところから、何かを噴き出すような音と聞き覚えのある咳払いが聞こえたのは気のせいだったかもしれない。
こうして二回目の顔合わせは、大混乱のうちに終わったのだった。