呆然としたまま二回目の顔合わせを終え聖女棟に戻ると、三つ子たちが驚いた様子で駆け寄ってきた。
「ラリエット様……⁉ お顔が真っ赤ですよっ。ままま、まさか風邪っ?」
「大変っ! すぐに熱冷ましと聖薬と……って、あれ?」
「ラリエット様なら聖力で自分の体の不調は、ちょちょいっと治せちゃうはず……ですよねぇ」
三つ子たちに心配そうな顔でのぞき込まれ、なんでもないと首をふるふると横に振る。
「なんでもないの。ただ……」
「「「……ただ?」」」
「今度は……前髪を上げてくるといいって、殿下が……」
ぽそり、とそう告げれば、三つ子たちの目がキラリと輝いた。
「きゃーっ! で、殿下がそうおっしゃったんですか?」
「前髪を上げたラリエット様を見たいって、そうおっしゃったんですか!?」
「なんだかそれって……! うわぁっ、なんだかドキドキしちゃうっ!」
なぜか歓声を上げて頬を赤らめ興奮する三つ子たちの背後から、ニナが飛んできた。
「ちょっと! 今の話、どういうことっ?」
ガクガクと前後に体を揺さぶられ、どうにかこうにか口を開いた。
「えっと、だから風で前髪が乱れて目が見えちゃって……、そしたら次は髪を上げてくるといいって殿下が……」
「はぁっ!? ほ、他にはっ?」
「ほ、他はその……」
エスコートやら虫についてはどう話せばいいのかわからず、もごもごとごまかした。
ニナはしばらく疑わしそうにこちらを見ていた。けれど、あきらめたようにため息をついた。
「……もういいわ。……あたし、なんだか疲れちゃった。部屋で休むわ。……じゃ」
ニナはそういうと、思いつめた顔をして自分の部屋へと引き上げてしまった。
「ニナ……?」
やっぱり様子がおかしい。
一体どうしたというのだろう。
体調が悪そうな感じはしないし、顔色だっていい。でもどこか元気がないというか、何かに思い悩んでいるような――。
いつもの明らかに様子の違うニナを見送り、戸惑っていると。
「ニナ様ったら、ここのところなんだか変なんですよねぇ」
「さすがのニナ様も、ラリエット様と殿下のご様子が気になるんじゃない?」
「心配いりませんよ。ニナ様ですもん。きっと明日には、カラッと元気なお顔を見せてくれますとも!」
やはり三つ子たちも、ニナの様子が気がかりではあるらしかった。
もしかしたら、最近王城内で広がりつつあるおかしな噂のせいなのかもしれない。
なんでも、ふたりの聖女が王子との婚約者選定をめぐってひどい嫌がらせをし合っている、とかなんとか。
けれどそんな噂、いつものニナならカラリと笑い飛ばすに決まっている。
(何でだろう……。なんだかニナが遠く感じる……。……嫌だな)
心がざわついていた。
何か目に見えないものが、少しずつニナと自分を隔たっていっているような気がして――。
ふたりの間に少しずつ距離が空いていくような予感に、心がゆらり、と揺れた。
数日後、緊急の治癒の依頼が舞い込んだ。
「……ということです! つきましては、急ぎラリエット様に傷病者の手当てに向かっていただきたく……!」
息を切らせ汗をにじませた使者に、こくりとうなずいた。
「わ、わかりました……! すぐに行きます!」
「では私はこれで……! 失礼しますっ」
慌ただしく去っていく使者を見送り、三つ子たちを振り返った。
「私、すぐに城下にいってきます……! ニナは、私がいない間務めをお願いっ。もしかしたら遅くなるかもしれないから」
使者がもたらしたのは、城下で起きた騒乱騒ぎによる治癒依頼だった。
なんでも教会の近くで数人の男たちが急に喧嘩をしはじめ、大変な騒ぎになったらしい。それをどうにか止めようとした神官も大けがをし、教会も一部破損したとか。
城下にいる医者と聖薬で手に余る時は、こんなふうに聖女が治癒のために呼ばれるのだ。
もっともそんな騒ぎが起きることは、滅多にないのだけれど。
「わ、わかったわ……」
ニナがこくりとうなずいた。
「じゃあ、いってきます!」
「ラリエット様も、お気をつけて……!」
そして大急ぎで城下へと向かったのだった。
教会の前には、大きな人だかりができていた。
「お待たせしましたっ! けが人はどちらにっ?」
人の輪を抜け、けが人のもとへと向かう。
「おぉっ! 聖女様っ、こちらですっ!」
一部始終を見ていたらしい町人が、事態を説明してくれた。
「突然男たちが暴れだして、教会まで荒らしはじめたんだ!」
「そうなんだ! 必死に止めようとした神官様が、体勢を崩して頭を打ちつけちまって……」
そこには、体のあちこちに傷を作ったガタイのいい男が三人と、地面に横たえられた神官の姿があった。神官の顔色は悪く、大分出血もしているらしい。
「大丈夫ですか? 神官様」
急ぎかけ寄り、手のひらをかざす。
「うぅ……。ラリエット……様……」
手のひらから仄白い光があふれ出し、神官の傷をゆっくりと癒していく。
傷は思ったよりも深く、出血も多かった。これは、完全な回復までには数日はかかるかもしれない。
(どうしてこんな騒ぎ……。いつもはせいぜいちょっとした喧嘩程度で、平穏なのに……)
どんなに平穏に見える国にだって、時に荒々しい騒ぎは起きる。特に下町では、酔っ払い同士の喧嘩などそう珍しくはない。
けれど聖女が治癒に呼ばれるほど派手な騒ぎが起きることは、まれだった。
男たちだって、そう乱暴者には見えない。
「あぁ……、わざわざお越しいただき……申し訳ない……」
神官が弱々しい声を上げ、目を開けた。
「私は大丈夫ですので、あの者たちを先に……」
傷を負った頭に当てた布を押さえながら、半身を起こそうと身動ぎする。
慌ててそれを制し、治癒を続ける。
「神官様が一番重傷なんですから、安静に……。大丈夫。あの人たちも皆、あとで治癒しますから」
手のひらを傷にかざし、再びゆっくりと聖力を流し込んでいく。
急激に大量の聖力を流し込んでしまうと、傷病者の体に負担がかかる。よって治癒の際は、焦りは禁物なのだ。
「……あぁ。痛みが引いていきます……。ありがとう……ございます……」
次第に神官の顔に、赤みが戻っていく。これでもう問題ないだろう。
続いて、騒ぎを起こした男たちのもとへと向かった。
「す、すまねぇ……。こんなつもりは……」
「俺だって、こんな騒ぎを起こすつもりなんて全然……」
「神官様まで巻き込んじまって、本当に悪いことを……」
三人の呼気からは、薄っすらと酒の匂いが漂う。
けれど、そう深酒をしたということでもなさそうだった。
「大丈夫。神官様もしばらく安静にしておけば、もう心配いりませんから。……それより今は、あなたたちも治癒しないと」
体の作りが頑丈なのか、男たちの傷はそうひどくない。
神官が重傷だったのは、普段運動とは無縁の暮らしをしているために受け身を取れなかったせいもあるかもしれない。
神官は、日々神殿の中で本とばかり向き合う暮らしをしている者がほとんどだから。
「さ、これでもう大丈夫です。でも、念の為数日はあまり無理をしないでくださいね」
男たちは三人とも、自分たちの行動がもたらした結果にすっかりしょげ返っていた。
「すまねぇ。聖女様までわざわざ……」
「こんなつもりじゃ……、なんて詫びたらいいか……」
「ううっ……。情けねぇ。なんてことを……」
朝早くからの仕事を終え、まだ明るいうちから酒を飲み交わしていたらしい。
大いに反省している様子で、神官を心配そうに気遣っていた。
(一体何が原因でこんな騒ぎになったのかしら……? 三人とも、そんな乱暴な人たちには見えないんだけど……)
ちらと辺りを見渡してみれば、教会の壁は穴が空き、木箱や椅子が壊れて散らばっていた。
随分と派手に暴れまわったらしいことがうかがえた。
とりあえずは治癒が済んだことにほっと胸をなで下ろし、同時にわき上がる疑問に首を傾げたのだった。