「ありがとうございますっ! ラリエット様っ」
「もう二度とこんな馬鹿なことはしねぇ。約束します……」
「神官様も、本当に悪いことした……! 教会の修繕は、責任をもって俺たちがやる! 許してくれ」
男たちが、深々と頭を下げ地面に頭を擦りつける。
大きな体を小さく縮こまらせ平謝りする姿からは、こんな騒ぎを起こすようにはとても思えない。
神官は男たちを立たせ、困ったように笑った。
「いや、いいんだ。喧嘩なんてからっきしなのに、下手に出しゃばったのが悪かったんだ。皆けがだけで済んで何よりですよ」
念のため頭にまだ包帯を巻いた姿が痛々しいけれど、神官もすっかり元気そうだ。
男たちは申し訳ないことをした、と心から反省し、教会の修繕と教会での雑事をしばらくの手伝うと申し出た。力仕事ならなんでも任せてくれ、と。
ちょうど人手が足りなくてこまっていた神官もそれを喜んで受け入れ、円満にことは落ち着いたのだった。
けれどどうしても気にかかる。
この男たちがそんなに乱暴なことを働くようには、どうしても見えなかった。よほどの事情がない限りは。
だから、何があったのかと聞いてみたのだけれど――。
「それが……、急になんだかカーッとして……。気がついたら手が出ちまってたんですよ」
「俺もだ。ついさっきまでゲラゲラ笑いながら楽しく飲んでたのに、なんだか急に怒りの感情がぶわーっと……」
「おかしいよなぁ……。なんにも喧嘩の火種になるようなことなんて、なかったのに……」
男たちは不思議そうに顔を見合わせ、首を傾げ合った。
どうやら男たちにも何が起きたのか、さっぱりわからないらしい。気がついたら夢中で暴れまわっていたとか。
酒の量もそれほどでもなく、体調にも変わった様子はなかったのに。
するとひとりの男が、あっと声を上げて手を叩いた。
「そういえば! あの男……! ほら、俺たちが飲んでるとこに、神官が近づいてきて……」
他のふたりも同意するように、声を上げた。
「そうだった! 見たことのない神官が、滋養強壮にいいって飲み薬をくれてな。ちょうど俺たちの仕事がきつくてたまらんって話をしてたとこで……」
「そうなんだ。だから俺たち、それをありがたくもらったんだが……」
三人は記憶を思い返すようにしばし考え込み、うなずき合った。
「そうだ。やっぱりおかしくなったのはそのあとだ!」
「急にカーッと頭と体が熱くなって、なんだかわけもわからず腹が立ってきて……」
「そうだ。で、気がついたら三人で殴り合いになっちまって……」
気がつけば、三人は飲み屋を飛び出し往来で激しい乱闘騒ぎを繰り広げていたのだった。
(そんな高価なものを、わざわざ通りすがりの人に渡した……?)
滋養強壮として知られる薬には、いくつかある。その中でよく知られている安価なものは、丸薬だ。
飲み薬の方となると、ぐんと値段が跳ね上がってそう簡単に手には入らない。
いくら神官とは言え、通りすがりの酔っ払いたちにそんな高価な薬をあげたりするだろうか。
(そう言えばこの間、ニナが気になることを言ってたような……)
この間の奉仕終わりに、ニナが嫌な視線を感じたと言っていたことを思い出した。
あの時、ちらっと神官がよく着るマントが見えたような気もする。ニナのいるところからは、その姿は見えなかったらしいけれど。
「あの……! 他に何か気がついたところは……? 変わった様子とか……」
男たちは神官の顔は見ていなかった。フードを目深に被っていて、逆光だったから見えなかったのだと。
けれど、男たちのうちのひとりが驚くべき男の特徴を口にした。
「……俺、一瞬顔見たぞ。目の色がさぁ……、なんか金色に見えたんだよな」
「金色……!?」
金色の目は、魔力の証だ。魔力が目の奥に揺らめいて見えるために、見る角度によって金色に見えるらしい。
思わず息をのみ、黙り込んだ。
「……」
なんだかひどく胸騒ぎがした。
魔力者の話は、神殿にいる時にいくつか文献を読んだことがあった。
レイグランド国の国土にはそもそも魔力が流れる魔脈がなく、そのため魔力持ちが生まれない。よって魔力者に遭遇する機会などなく、魔力に関する知識にも乏しい。
けれど魔力を使えば、人心を惑わし操ることもできると書いてあった気がする。薬や飲み物に術を施して一時に昏睡させたり、記憶を攪乱したり。
もちろんそんなことをするには、膨大な魔力が必要らしいけれど。
(もしもその神官がものすごい魔力者で、その薬に術か何かをかけてこの人たちを操ったのだとしたら……?)
けれど、そもそも魔力を身に宿せる器を持つ人間はごく少ない。そして、ここ数十年の間に随分と数が減ってしまったと聞く。
その一因は、強い魔力を持つとある国の王族が国乱により断絶してしまったからだとも。
だとしたら、そんなすごい魔力者が城下にいるとは到底思えない。男たちにそんな薬を飲ませて、暴れさせる理由もわからないし。
すると男のひとりが、何かを思い出したように口を開いた。
「……あぁ! そう言えば、男の爪になんか模様が描いてあったなぁ」
「模様……?」
「あぁ、なんかにょろにょろした線とか葉っぱみたいな模様だったかな」
もうひとりの男が、ぽんと手を打った。
「あぁ、そうそう! それになんか話し方が妙に丁寧っていうか、やけにねっとりしたお貴族様みたいな話し方するんで、気味が悪くてな」
「……」
金色の目を見たという男は、目を見た瞬間嫌な感じがしたらしい。
「なんていうか……、話し方は丁寧で物腰もやわらかいけど、底が知れねぇっていうか……。おっかないって感じなぁ。思わずびっくりして目を逸らしちまったくらいだ」
よほど印象が強く残っているのだろう。
男はぶるりと体を震わせると、吐き捨てるように言った。
「あの時あんな胡散臭い男の差し出したもんなんて、信用して飲まなきゃよかったんだ。そうすれば、きっとあんな騒ぎだって……」
男たちは金輪際知らない者からただでもらったものを口にしない、と固く宣言し、深々と頭を下げたのだった。
帰りの道中、頭の中をぐるぐると不安と疑問が巡っていた。
ニナが感じた嫌な気配と、金色の目をした神官の姿。
神官からもらったという高価な薬。
その中身は、本当にただの滋養強壮の薬なのか?
(なんだか気になる……。一体何がどうなってるの……?)
得も言われぬ不安が、胸に押し寄せていた。