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第22話


 城下での騒ぎからしばらくがたった、ある日の夜のこと。


 カタン……。


 ラリエットは、皆が寝静まった夜更けに聞こえてきたかすかな物音に目を開けた。


(今扉が開いた音がしたような……?)


 この時間は三つ子たちもぐっすり寝入っているはず。


(まさかこんな時間にニナが起きてるはずないし……?)


 当然ニナもいつものように誰よりも早く寝室に入り、寝床に入ったはずだった。睡眠不足はお肌の大敵、つるつるピカピカの肌の維持には早寝が不可欠、というのがニナの口癖なのだから。


(きっと風の音か何かよね……。うん、きっとそうよ)


 そう言い聞かせ、目をつぶった。

 でも――。


「……だめ。やっぱり気になる……!」


 おかしな胸騒ぎを感じて、そっと部屋の外に歩み出た。


 最近おかしなことが続いているせいせいか、神経質になっているのかもしれない。


 そっと足音を忍ばせて、戸締りを確かめに聖女棟の入り口へと近づいた。

 そして、異変に気がついた。


(鍵が開いてる……? 鍵をかけ忘れるなんてあの子たちがするはずないし、まさかこんな時間に誰かが外へ……?)


 こくり、と息をのみ、辺りを見渡しながらおそるおそる外へと出た。


 ホゥホゥ……。

 さわさわ……、カサリ。


 遠くから聞こえる鳥の声と、風に揺れる木々のざわめき。それ以外は何も聞こえない、静かな夜だった。

 雲の隙間から時折月明りが差し込み、暗闇を照らし出す。


 その明かりを頼りに、そっと歩を進めた。


 聖女棟から少し離れた物陰で、ふと何かが動いた気がして立ち止まった。


 ニナは交代で務めに出ていてまだ戻ってこないはず。三つ子たちは少し前にちょっと出てくるといって、まだ戻っていない。


 そっと物音のした方へと足を忍ばせれば、ニナの姿があった。


(ニナ? ずいぶん早いのね。でも、なんだか様子が……?)


 なぜかニナはじっと、三つ子たちがお茶の時間にと事前に用意してあった茶器の前に立ちつくしていた。

 その表情は、どこか思いつめたように暗い。


 視線の先で、ニナがポケットから何かキラリと光るものを取り出した。


(え? あれってこの間、ニナが女官から受け取っていた瓶じゃ……?)


 見覚えのある小さな瓶を握りしめなぜか苦しげな表情を浮かべるニナに、こくりと息をのんだ。

 心臓がバクバクと打っていた。


 ニナは瓶のふたを開け、中身をカップに注ぎいれた。ほんの一滴か、二滴だけ――。


(今入れたのって、私のカップ……よね?)


 もしもあれが体に害をなすものだとしたら、まったくの無意味だ。だって豊かな聖力のおかげで、どんな毒だって大体は無効化して治癒できてしまうのだし。


そんなこと、この国の人なら誰だって知っている。もちろんニナだって。


(そうよ。きっと今のは、美容に効く何かとか、よりお茶をおいしくするためのものなのかも……)


 そう言い聞かせてはみた。

 けれどそれならば、こんなに苦しげな表情を受かべて隠れるように仕込む必要なんてない。


『呪われた子』、という院長の声が頭の中によみがえった。


(まさか……、私のせい? 私のせいで、ニナがおかしく……?)


 ぐんぐん血の気が引いていく。


(ニナを疑うなんてどうかしてる。でも……)


 ニナへの疑心が拭えない。それが悲しかった。


 呆然と立ち尽くしていると、次の瞬間ニナは意外な行動に出た。


 ジャーッ! カチンッ!


(え……?)


 ニナは何かを仕込んだばかりのカップを持ち上げ、水で勢いよくきれいに洗い流した。そんなことをしたら、せっかく入れた瓶の中身が流れてしまうのに。


 首を傾げ見つめる先で、ニナは手早くカップをきれいに洗い、さっと布巾で拭うと、元通りの位置に戻した。

 そしてニナは手の中の瓶をじっと見下ろし、勢いよくごみ箱へと放り込んだのだった。


 ゴトンッ!


(あっ……!)


 驚きのあまりうっかり声を上げそうになって、慌てて口元を覆った。

かすかにしたであろう声には気づかず、ニナは急ぎ足で聖女棟を出て行ってしまったのだった。


 扉が閉まる音がして、聖女棟は再び静けさに包まれた。


「……」


 そっとニナが立っていた場所に近づいた。


 何事もなかったかのように元の位置に戻されたカップには、拭いきれなかった水の雫がキラリと光っていた。


「……ニナ。一体何をしようとしたの……?」


 水滴を拭い、きゅっと唇をかんだ。



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