「あたし、本当は聖女の最終試験に落ちてるんだ。聖力があまりにも少なすぎるって理由でさ。だからあたしがハリボテっていうのは、本当なの。聖女の資格なんて、ないんだもの」
「えっ……⁉」
言葉を失った。
聖女として正式に認められるには、二度の聖力検査をパスする必要がある。
聖石という、かつて始祖が天啓を受けた時に光ったと言われる石に手をかざし、必要な聖力があるかを測定するのだ。
最終試験に落ちたということは、二回目の聖力検査で思ったような反応が見られなかったということだ。
「でもこうして王城に上がってるってことは、ちゃんと聖女として認められたってことでしょう……?」
聖石には不思議な力が宿っており、細工などできない。たとえ大神官長の権力をもってしても、不可能だ。
けれどニナは、ゆるゆると首を横に振った。
「ある神官に頼み込んで、結果をごまかしたの。魔力があれば、反応をごまかせるって言われて……。それで強引に三度目の検査をして、聖女にしてもらったのよ」
「ごまかすって、どうやって……。あっ!」
はっとした。
聖力に干渉できる、唯一の力。魔力があれば、もしかしたら――。
ニナは、それにこくりとうなずいたのだった。
ニナが検査結果をごまかしてでも聖女になりたかった理由、それはあの両親にあった。
「あたしさ、物心つく前からあいつらにいかがわしい仕事をさせられてたの。いわゆる身売りに近いようなことを、さ」
ニナの両親は、自分の娘の容姿が金になると考えた。
ニナは小さい頃からすでにとてもかわいくて、人目を引く子どもだったらしい。それを利用しようと企んだのだ。
両親が考えたのは、特殊な性癖を持った金持ち連中相手のいかがわしい商売だった。
まだ幼い自分の娘を、幼児に対する異常性癖を持つ金持ち連中相手に、一時間いくら、半日いくらと売ったのだ。
「もちろん小さ過ぎて、最悪なことまではされなかった。でも……それに近いようなことは色々……」
「ひどい……」
反吐が出そうだった。実の子、しかもそんな物心もつかないほど小さい子どもにそんなことをさせて、金儲けをしようだなんてあまりに汚い。
「世の中には子どもを愛してくれる親ばかりじゃないことは、もちろん知ってるけど……。まさかニナがそんなこと、させられてたなんて……」
ニナは明らかに無理をした笑みを浮かべ、小さく笑った。
「あんたみたいに、子どもを捨てる親もひどいけどさ。いない方がよっぽどましな親もいるんだよ。子どもを金儲けの道具としか思わない、クズみたいな親が……」
自分のさせられていることの意味を、ニナははじめはわからなかったらしい。けれど成長するにつれ、その異常さに気づいた。
「何度もやめさせてほしいって頼んだよ。でも、聞き入れられるどころかもっと稼いでこいってけしかけられてさ……。逃げ出したくても、まだ十にもならない子どもがひとりで生きてくなんて……」
ニナの握りしめた手が、白く浮いていた。
「でももうこんな汚い仕事をするくらいなら、その辺で野垂れ死にしてもいい。そう思って逃げ出そうとしたら、そんな矢先ロンが……弟が生まれたんだよ」
それは、ニナがまだ九歳の時だった。
「ロンは生まれつき体が弱くて、馬鹿親が面倒なんて見るはずもなかったからあたしが育てたようなもん。あたしに懐いて、すっごくかわいくてさ」
ニナは、ロンのためにいかがわしい仕事だと理解しつつも耐えた。そうしなければ、ロンの食事も薬も買えなかったから。
「でも、ロンは死んじゃった……。風邪をこじらせて、たったひとりで……。最期を看取ってあげることもできなくて、あたし……」
弟を亡くし、ニナはひとりすがるような思いで教会へとたどり着いた。
そこで聖力が自分にあると知ったのだ。
「聖力があるってわかって、ほっとした……。これでもう搾取されずに済む。あの最悪の親から逃げ出せるって。なのに、聖女にはなれないって言われて……」
聖女になれなければ、また両親のもとに戻される。
そんな絶望にかられていたニナに、聖女にしてやると近づいてきた神官がいた。
「ラグドルっていう男でさ。いつか借りを返すなら結果をごまかして聖女にしてやるって言われて、その話に乗ったんだ。そいつが、ものすごい力のある魔力者だったの」
ラグドルは、目深に被ったフードから金色の目をのぞかせニナに言った。
自分ほどの魔力があれば、聖石に干渉をして結果をごまかすくらいはわけもない。聖女にしてやるから、代わりに自分の条件をのめ、と。
「条件って?」
「その時は教えてくれなかった。時がきたら会いにくるって言って……」
そしてついにラグドルは姿を現したのだった。
ニナが休みにロンの墓参りに言った際、ラグドルはあの日の約束を果たせと告げた。
「……ラグドルは、側妃の駒になれって言ってきたの。自分と側妃とはある目的のために、結託してる。その駒になれって……」
「側妃様……!?」
思いもしなかった人物の話に、血の気が引いた。
「なんて側妃様がそんな……? ラグドルと何を……!?」
嫌な予感に背筋が冷たくなった。
ふと先日の祝賀会でみた、側妃の冷たい眼差しを思い出した。
「よくわかんない。詳しくは話してくれなかったから。ただラグドルは、側妃と組んで何かをしようとしてるみたい……。でもまずは、あんたに力を弱める薬を盛れって言ってきて……。いずれはデジレ王子とあんたを……殺せって……」
一瞬時が止まった。
(えっと……今、デジレ殿下と私を殺すって言った……? いや、まぁもともと側妃様はデジレ殿下の命を狙っているとは言っていたけど……。え……?)
「な、なんで……?」
「さぁ? 聖女が嫌い……だから?」
「……」
側妃が聖女を毛嫌いしているのは、この国の人間なら皆が知っている。聖女だった亡き王妃が、国王の寵愛を一身に受けていたから。それを妬んで、聖女そのものをうとましく思うようになったと。
けれどそれだけで命まで狙うだろうか?
その上それを、もうひとりの聖女であるニナに命じて?
「そんなのって、あんまりじゃ……」
もちろん側妃が自身の子を王位につけるためにデジレの命を狙うのは、理解できる。どこの国でもよくある権力争いだ。
でも聖女はこの国の根幹をなす存在だ。その聖女が失われれば、人心はきっと揺らぐ。それは国を揺るがすことと同じだ。
そんなことになったら、もしダルバリーが王位についたところで国の平穏は望めない。
「聖女がいなくなったら、この国は……。そのくらい側妃様だってわかってるはずなのに……」
それにラグドルが手を貸した理由はなんだろう。側妃が聖女を排除するために、魔力者であるラグドルを引き込んだだけなのだろうか。
(それに、側妃様が一体どこで魔力者なんかと出会ったのかしら……? 王宮からそうそう出れないはずなのに……)
どうにも謎だった。
「もしあたしが国と民をだましてる偽聖女だってバレたら、絶対しばり首になると思って……。それにあんたにもリリアたちにも、知られたくなかったの。皆をだましてたハリボテだなんて、思われたくなくて……。それで……」
ニナの声が消え入りそうに小さくなり、沈黙が落ちた。