「そう……だったの……。だから言いなりに……」
ニナは、自分の秘密を守るために側妃の駒になるしかなかった。そして夜中に女官に呼び出され、薬を受け取ったのだ。
「薬で私の聖力を弱めれば、毒でも実力行使でも殺しやすくなると考えたのね……。じゃないと私は、大体の毒もけがも自力で治癒できちゃうし……」
「多分そうだと思う……。ごめん、本当に……。未遂とは言え、ひどいことしようとして……。だましてたことも、本当に……」
しょんぼりと肩を落とすニナを、責める気にはならなかった。
「城下であの騒ぎを起こしたのも、ラグドルの仕業ね……。自分の力がうまく作用するか、確かめようとしたのかも……」
そしてニナも、あの男たちと同じように魔力で操られていたに違いない。だから感情をうまく抑制できなかったのだろう。
「あ……! もしかしてこの間の奉仕の時、ニナが誰かに見られてる気がするって言ってたのって……」
ニナが渋い顔でうなずいた。
「多分ラグドルだと思うよ。ずっとあたしを駒にするために張り付いて、見張ってたらしいから」
つまりニナは、ずっとラグドルの監視下にあったのだ。手のひらで転がすように、自分と側妃に都合のいいように動く駒にするために。
断ればニナを殺すつもりだったのかもしれない。なんたって相手は魔力者と、この国の側妃なんだから。
「あんな男の口車に乗ったバチが当たったんだ……。本当に馬鹿だった。でもあの時は、それしかあの親から自由になる方法がなくて……」
そう言って深くうなだれるニナに、思い切って問いかけた。
「……なんで、やめようと思ったの? 自分の命が危ういかもしれないのに、どうして薬を盛らなかったの?」
一瞬ニナははっとしたように顔を上げ、固まった。
「そ……それは……!」
ニナの顔がみるみるくしゃり、と歪んだ。
「あたしあの時……、カップに薬を入れた時、思ったの。もしどんなに脅されても何をされてもあたしはあんたのこと、絶対に殺せないって……」
今は聖力を弱める薬だけで済んだとしても、いずれは殺せと命じられるに違いない。けれどそんなことは絶対にできない。どうしても無理だ、とニナは言った。
「……私がいなくなったって、ニナがいればこの国は大丈夫よ。私がいなくたって、誰も悲しんだりしないと思うし……」
自分がいなくなって悲しむ人なんて、きっとこの世界にいない。
聖女としての自分を惜しむ人はもちろん多くいるだろう。でもそれは、あくまで始祖の再来と言われるほどの聖力を持っている聖女だからだ。
「私は生まれた時から、誰にも望まれない存在だもん。私がいなくなったところで、誰も悲しんだりしないし困らないでしょ……? なら……」
言い終わらないうちに、ニナの手が飛んできた。
もう少しで頬に届く、というところで、ニナの手が止まった。
「それ以上馬鹿なこと言ったら、許さないから……!」
「……ニナ?」
「あんたがいなくなって悲しまないなんて、誰が言ったのよ!? ……いるじゃない! あんたがいなくなったら、あたしは……! 三つ子たちだって……‼」
ニナの手がぶるぶると震えていた。目尻に何かがきらりと光った気がして、はっとした。
「……」
「あたしは……、あんたを家族みたいなもんだと思ってる。あんた、言ってくれたじゃない……。あたしはハリボテなんかじゃないって。ちゃんと国と民を思ってる立派な聖女だって!」
そうだ。ニナは聖女だ。誰が何と言おうと、ニナの国を思う気持ちは本物だ。聖女に一番必要な資質は、きっと聖力なんかじゃない。その気持ちだ。
「嬉しかった……。ハリボテでもあんたがあたしのことを認めてくれたこと。すごく……嬉しかったんだ……」
ニナがうつむきながら、何かをこらえるように続けた。
「さっきだって、あんなふうにあの馬鹿親に立ち向かっていってさ……。声も手も足も、あんなに震えてんのに……。馬鹿みたいに、許さないなんて言ってさ……」
ニナの長いまつ毛が、ふるふると震えていた。
「だから……どうしてもできなかった。絶対無理だもん。あんたを傷つけるなんて……。家族より家族、みたいなもんだし……。だからあの瓶を捨てたの……。たとえ殺されても、あんたのこと傷つけたくなかったから……」
ニナも同じ気持ちでいてくれた。大切な、かけがえのない家族のような存在だって思ってくれていた。
胸が震えた。
「私も……。私もなの。ニナのこと、すごく大切なの。だから信じたいって思ったの……。よかった……。ニナが、私の知っているニナのままで……」
ニナの頬を、涙が一粒伝い落ちていった。