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第30話

 すー……、はー……。

 すー……、はー……。


「……準備はいい? ラリエット」

「……うん。ニナは?」


 三回目の顔合わせがやってきた。


 ニナとふたり顔を見合わせ、覚悟を決め中へと足を踏み入れた。


「「し、失礼します……!」」


 色とりどりのおいしそうなお菓子に、人数分の美しい茶器。テーブルの上に飾られた美しい花々。

 けれど気のせいか、これまでの顔合わせとは少し違う張り詰めた空気が漂っていた。


 デジレがすっと立ち上がり、やわらかく微笑んだ。

 けれどそれに笑みを浮かべて対する余裕などあるはずもなく、こくりと息をのんだ。


「……さて、では話を聞こうか。ふたりで一緒に顔合わせをしたい、なんて申し出をした理由を、ね」


 向かい合うデジレの態度は、いつもと変わりなく穏やかだ。

 けれどその眼差しには、どこかこちらの心のうちを探るような色がにじんでいる。


(落ち着いて……。落ち着くのよ。大丈夫、きっと殿下ならわかってくれる……)


 デジレに助けを求める以外に、解決策はない。


 国王陛下に直訴なんてしたら間違いなく大ごとになってしまうし、そもそも今の国王にはどうにかしてくれそうな気概も感じられない。

 となれば、デジレに助けを求めるしか方法はない。


 口火を切ったのはニナだった。


「……あの! 側妃様とラグドルという神官のことで、殿下にお話ししたいことがあるんですっ!」


 瞬間、デジレの目が鋭く光った。


「ほぅ……? 話してごらん。ニナ」


 ニナの喉がこくりと鳴るのが聞こえた。


 ニナは、ひとつひとつ包み隠さず順を追って何もかもをデジレに告白した。


 自分がラグドルの内車に乗ってズルをして聖女となったこと、その時の借りを返せとラグドルが脅してきたこと。

それがなんと、側妃の駒になってデジレとラリエットを殺せという、なんとも物騒な内容だったこともすべて。


「ラグドルに側妃様の駒になれって言われて、側妃様付きの女官から薬を渡されました……。ラリエットに聖力を弱める薬を盛れって」

「……それで、君はどうしたんだい? ニナ」


 デジレの声ににじむゾクリとした冷たさに、ニナの手が一瞬ぶるりと大きく震えた。


「で、できませんでした……! 未遂……です! 薬は、瓶ごと捨てましたっ」


 それに同意するように、隣でこくこくとうなずいてみせた。


「どうして? 理由は?」

「だってラリエットは、家族みたいなものだから……。今は聖力を弱める薬だけでも、きっといずれは殺せって言われるに決まっています。そんなの……絶対に無理だから……」


 ニナの顔が、デジレの迫力に圧されてぐんぐん青くなっていく。

 無理もない。そのくらいデジレの全身からはとんでもなく強い圧が漂っていた。


(なんだかちょっと怖い……。こんな顔もするんだ……。なんていうか……一歩も引かない有無を言わさない強い気っていうか……)


 いつものデジレからは想像もできない激しく強い一面に驚くと同時に、なぜか胸がときめいた。


(私ったら……! こんな大事な時に一体何をっ!?)


 慌ててぶんぶんと頭を振り、頭から余計な考えを振り払った。


「けれどもし君が薬を盛っていないとバレたら、君は側妃とラグドルに口封じされかねない。それでも、ラリエットには二度と危害をくわえたくはないと?」


 ニナがこくりとうなずいた。


「……」


 それきりデジレは厳しい表情を浮かべたまま、黙り込んだ。


(やっぱり王子としては、簡単にニナのしたことを許すわけにはいかないのかも……。でもニナだって脅されて仕方なく……。それに、心だってラグドルに操られていたんだし……)


 沈黙に耐え兼ねて、思わず声を上げた。


「ニナはラグドルに弱みを握られて、脅されて! 操られてもいたんですっ! それでも私を傷つけたくないって思いとどまってくれた……。自分の身が危ないかもしれないのに、薬を捨てて……!」

「……」


 デジレの視線に見すえられ、ドキリとする。


「ですからどうか……、ニナを許しはいただけませんか? 無理やり聖女になろうとしたのだって、ニナが両親にひどいことをされていたからで……! ニナはまだ子どもで……、逃げ出すためにはそれしか……」


 確かにニナのしたことは国と民をだます行為で、ともすれば首をはねられても仕方のない重罪だ。でも誰の助けも得られずに、ひとり孤独にあがくしかない人間だってこの世界にはいる。自分だってそうだった。


「ニナは確かに聖力は足りないかもしれないけど、立派な聖女です! 国と民を心から思っているし、ニナの手当を喜んでいる人たちはたくさんいますっ。ニナと私、ふたりでこの国の聖女なんです!」


 どうかニナを許してほしい。もしも許してもらえないのなら、同じ罪で裁かれてもいい。

 けれどそれ以上に悪いのは、ニナを利用しようとしたラグドルと側妃だ。


「それにラグドルは、城下でも騒ぎを起こしているんです! 一刻も早くふたりの悪事を止めないと、この国が……!」


 デジレに、城下で起きた一連の出来事を話して聞かせた。

 男たちが、金色の目をした神官から謎の薬をもらったこと。それを飲んでから、なぜか感情の抑制がきかなくなり様子がおかしくなったことを。


「きっとラグドルは、ニナに命じた以外にも何かよくないことを企んでいるんだと思います。でなきゃ、そんなことする必要ないし……」


 デジレはこちらをまっすぐに見すえたまま、黙っている。


「私もニナも、ラグドルと側妃様の企みを止めたいんです! この国でこれ以上おかしなことが起きないように、ラグドルを止めたいんです! それに、ずっと命を狙われてきた殿下なら、側妃様の恐ろしさをよく知っていらっしゃるでしょう?」


 懇願するように、デジレに告げた。


「……ふっ」

「……?」


(気のせいかしら? 今デジレ殿下、笑った?)


 話の内容から言っても、場に満ちた張り詰めた空気から言っても、笑うような要素はなかった気がする。

 なのにどうしてデジレの口元が、どこか嬉しそうに緩んでいるのだろう。


 困惑しつつも、祈るような気持ちでデジレの反応を待った。



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