「……くくっ! 殿下、その辺りで種明かししてはいかがです? あんまり意地悪すると嫌われちゃいますよ?」
部屋の片隅から聞こえた声に、ぱっと振り返った。
声の主は、どうやら隅に控えていた者たちの誰かのものらしい。
ずらりと並んだ衛兵やメイドの中でも、ひと際背の高いすらりとした青年と目が合った。
(確か、デジレ殿下の側近をしてる人、よね……。前にベルドって呼びかけてるのを聞いたことがあるような……)
今ベルドは確かに種明かししてはどうか、と言った気がする。それはどういう意味だろう。
デジレはベルドをちらと見やり、やれやれといった顔で嘆息した。
「……わかっている。だったら、さっさとこっちにこい」
「はいはい」
「リュイジアもきてくれ」
「はい」
なぜかデジレはベルドとメイドをひとり、近くに呼び寄せた。そして――。
「……さて、話をはじめる前にまずはこのふたりを紹介しておこう。こちらが私の側近のベルド、こっちがリュイジアだ」
一体何がはじまるのかわからないまま、とにもかくにもふたりに礼をした。
「は、はじめまして。ラリエットです。よろしくお願いいたします……」
「ニナです。よろしく……お願いします」
なぜこのタイミングで側近とメイドを紹介されるのか、さっぱりわからない。
するとデジレは小さくうなずき、椅子の背にゆったりともたれかかった。
「さて、では本題に入ろうか……ベルド、例のものを」
デジレにうながされ、ベルドがポケットから何かを取り出しテーブルの上に置いた。
その瞬間、驚きのあまり顎が外れるかと思った。
「そ……、それ……! なんでそれが、ここにっ!?」
「う、嘘……! そんなはず……」
それは紛れもなく、ニナが側妃付きの女官から渡された例の薬瓶だった。色といい形といい、間違いない。
あの日ニナは、確かにそれをゴミ箱の中に放り込んだはず。なのになぜそれがここにあるのか。
ニナとふたり何が起きているのかわからず、呆然と顔を見合わせた。
その瞬間、デジレがぷっと噴き出した。
「実は今君たちが話してくれたことはすべて、把握していた。ニナがラリエットに薬を盛ろうとしてなんとか踏みとどまったことも、ね」
一瞬、デジレの顔にゾッとするような恐ろしい黒い笑みがよぎった気がする。隣でニナがぶるり、と体を震わせていたから多分気のせいじゃないはずだ。
「よかったね、ニナ」
「え?」
「未遂で助かったよ。もしもラリエットに何ごとかあれば、ただでは済まなかったからね。君を処罰するとなると、さすがに夢見が悪そうだし。ふっ」
デジレの口元に、見たこともない笑みが浮かんだ。
「こ、……こわっ!」
どうやらその笑みから何かを感じ取ったらしいニナの口から、悲鳴が上がった。
「で、でもどうして? あの時、聖女棟には私とニナしかいなかったはず……!」
誰も見ていたはずがない。三つ子たちだっていなかったのだ。
するとデジレはにやりと笑った。
「リュイジアが君たちにずっと張り付いて、すべての行動を見張っていたんだよ。彼女は、影の中でもとりわけ優秀でね。誰にも気づかれず、君たちの動きを見張るくらいわけないよ」
時が止まった。
「か……、影……?」
「ちょっと待って……!? 見張ってたって、どういうことっ!?」
ちらと見れば、リュイジアは涼しい顔でたたずんでいる。
当然と言えば当然の問いかけに、デジレはにっこりと微笑んだ。
「影というのは、第一王子直属の精鋭の密偵だ。その存在を知る者は、王族とごく一部の重鎮だけだけどね」
「精鋭の……」
「密偵……?」
なんでそんな密偵が、自分たちの行動を?
というか、いつから何のために?
影という呼称は、いつ何時も人目に触れることなく行動できる優れた能力ゆえらしい。武力のみならず、さまざまな職種や身分にも擬態できるようさまざまな能力にも秀でていて、いざとなれば暗殺もお手のもの、だとか。
(こんなにきれいでほっそりとした女性が、暗殺……!? どこからどう見ても、貴族の子女が王城でお嫁入りまで働いてるようにしか見えないけど!?)
すっと伸びた背筋と凛とした眼差し。派手でもなくかといって地味過ぎもせず、程よく施された化粧。
とても暗殺なんて恐ろしげなことができそうには見えない、細い腕。
(でもよく見れば、鍛え抜かれたしなやかな筋肉に覆われた体、ともいえるかも……?)
一瞬リュイジアと視線が合い、慌てて目を伏せた。
やっぱりとても信じられない。こんなにきれいで華奢な人が、あんなことやこんなことをするなんて――。
けれどデジレはそれをあっさりと、いとも涼しい顔で否定した。
「言っておくけど、リュイジアは並みいる影の中でも実力は折り紙付きだよ?」
「えっ⁉」
頭の中をのぞかれたかのように、ぴたりと考えていたことを言い当てられ目を丸くした。
「だからこそ、君たちの護衛に命じたんだ。いざとなればメイドとして聖女宮にも自由に出入りできるしね。……あ、それとくれぐれも怒らせない方がいいよ。リュイジアを怒らせると厄介だからね」
その瞬間、リュイジアのいる方から凍えそうなほどの冷たい空気が流れてきたのを感じ取り、こくこくとうなずいた。
「でも護衛って? どうして私たちにそんなものを……?」
「あぁ。側妃は君たちが王城に上がった時から、君たちふたりを殺す気満々だったからね」
「え!?」
「げっ!?」
明かされたまさかの真実に、ニナとふたり顎が外れそうなくらいに驚きの声を上げた。