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聖女たちの対立

第34話

 ラグドルはきっと国を追われるようにして、他国へと逃げ延びたのだろう。きっと金色の目でも素性を紛れさせることのできる、魔力者が珍しくない国へ。


「だったら、その国で平穏に暮らせばよかったじゃないの! 魔力があれば、他の国で生きてくのだってどうにかなったんじゃ」

「そうよね……。せっかく助かった命なんだし、今度こそのびのびと監視されることなく生きるチャンスだったはずだし」


 けれど、ことはそう簡単ではなかった。


「優れた力というのは、武器にもなれば平穏に生きるための障害にもなり得るからね。いくら魔力が珍しくない国はあるとは言っても、日常をちょっと便利にする程度の力がほとんどだ」

「あぁ……。そりゃまぁ、確かに……」


 デジレによれば、魔脈のある他国でも強すぎる魔力者は国に管理され、自由に生きることは難しい。他国からの流入者、しかも素性も確かでないとなればなおさらだ。


「これは私の勝手な推測なんだが……」

「……?」


デジレはお茶を一口含み、そして口を開いた。


「もしかしたらラグドルは、レイグランド国を逆恨みしているのかもしれない。民衆の蜂起を後押ししたのが、この国の王家ではないか、とね」

「え!?」

「は!?」


 ニナとふたり、首を傾げ合った。


「なんでよ? 自分の生まれた国がなくなったのも大変な人生を送ることになったのだって、レイグランド国には何の関係もないじゃない」


 ニナの言葉にうなずきかけたその時、ふと思い出した。


「あ……! そう言えば、ダーハットの民が王城になだれ込む少し前に騒ぎがあったような……」


あれは確か、蜂起した民がダーハットとレイグランドの国境沿いで騒ぎを起こしたのだ。国境近くに、王族の古い霊廟だったか、何か大事な建物があったとかで、それを襲おうと民が押し寄せたのだ。


 デジレがこくりとうなずいた。


「さすがは勉強熱心なラリエットだ。よく知っているね。実はその時の騒ぎを収めたのが、現国王陛下でね」


 レイグランド国王は、一部の暴徒化した民衆がこの国の国境沿いの村にまで及んだことで、ダーハット側の民と話し合いの場を持った。それを聞き入れ、暴動は王城へと進路を切り替えたのだ。


 王城が制圧され落ちたのは、それから間もなくのことだった。


もちろんそれはあくまで、この国に累が及ばないように自衛しただけで、ダーハット国の民に力を貸したわけではない。ダーハット国の内政に干渉し、民衆に武器や兵を援助をしたとの記録もない。


「ならなんでそれを、逆恨み?」

「まさかラグドルは、レイグランド国が民衆をあおって王城を襲わせたとでも……!?」


 どうにもわけがわからない。もっともその時ラグドルはまだ子どもだったのだし、いくら魔力の天才でも時勢について正しく理解できてはいなかったのかもしれないけれど。


「まぁ、あくまで可能性の話だ。もしかしたらただ単に、魔力者のいない国なら思いのままにできるとでも思い込んでいるのかもしれないしね」


 デジレの想像に、ニナと顔を見合わせ嘆息した。


「どっちにしても、傍迷惑な話ね。そんなんで殺されたらたまったもんじゃないわ」

「本当……。そりゃあ幼くしてそんな苦労をしたことは、かわいそうだと思うけど……」


 だからと言って、他の国に八つ当たりされてもどうにもできない。こちらには何の責任もないのだし、まして聖女を殺す理由にも他国を乱す理由にもならないのだから。


「ともかくも今わかっていることは、ラグドルが魔力を悪用して側妃と手を組み、私と君たち聖女を殺そうとしている。――それだけだ」


 デジレの言葉に、こくりとうなずいた。


(そうよね! 今はともかく、ニナを側妃とラグドルに利用されないように守って、デジレ殿下だって殺されないようにしなくちゃ。まぁ、自分の命もだけど……)


 どうしても自分のことはどうでもいい、なんて気持ちになってしまう。こんなことを言ったら、またニナに怒られてしまうけれど。


 デジレが強い眼差しでこちらをまっすぐに見すえ、きっぱりと告げた。


「当然私の立場からしても、君たち聖女を失うわけにはいかない。それにもし私が排除されれば、この国の次期国王にダルバリーがつくことになるだろう。だが、あいつにこの国の未来を預けるわけにはいかない」


 あの悪評高いダルバリーがこの国を治めるようなことになったら、間違いなくこの国は滅ぶ。

 この国の人間なら、誰もが口をそろえて同じことを言うに違いない。


「第三王子のヒューはまだ王位を継ぐには若過ぎるし、側妃はヒューをなぜか毛嫌いしているからな。王位につけるとは到底考え難い」


 あのダルバリーが王座につき側妃とラグドルがうしろで牛耳る未来なんて、、考えただけで恐ろしい。その上聖女もいないとなれば、絶対にこの国は詰む。間違いなく、詰む。


「だからこそ、私からも君たちに協力を願いたい。側妃とラグドルの企みを潰し、ダルバリーもろとも完膚なきまでに叩きのめすために――、ね」


 またしても、デジレの全身から黒く恐ろしい気配が立ち昇った。


(く、黒い……! ちょっと怖いけど……でも、かっこいい……。すごく頼もしい……!)


 長年恋心を抱えてきたせいだろうか。デジレの知らなかった一面にいちいち胸がときめくのを、なんとかしたい。今はうっかり頬を染めているような時じゃないのに。


 思わず自分に突っ込みを入れ、息を整えた。


「もちろんそのつもりです! デジレ殿下やニナの命を守るためにも、この国の未来を守るためにも、どんなことだってしますっ」


 力強く両手をぎゅっと握りしめ声を上げれば、ニナも続いた。


「もちろんよ! ラグドルや側妃にまで利用されるなんて頭にくる! こうなったら逆にあいつらを利用してやる勢いで、絶対にラグドルと側妃を叩きのめしてやる……!」


 ニナが燃えていた。まぁ気持ちはわかる。あっちでもこっちでも利用されて、腹に据えかねたのだろう。


 もちろん不安も恐怖もある。もしかしたら危険なことだって起こるだろうし、下手をすれば最悪のことだって。

 でもそんな気持ちよりも、大切なものを守り抜きたい気持ちの方がずっと勝った。


 ニナとふたり凛とした眼差しで見つめれば、デジレがほっと安堵したように表情を和らげた。


「……よかったよ。君たちが今代の聖女で」


 デジレの視線がニナへと向いた。


「では、ニナ」


 静かだけれどどこか力のある声で呼びかけられ、ニナがはっと姿勢を正した。


「は、はいっ⁉」

「君の過去のあれやこれや、それからラリエットにしたことは不問とする。それから君の両親についても、手を回して君の望む形で処理しよう」

「ほ、本当っ!?」


 ニナの顔が輝いた。

 けれど、なんとなくデジレの言い回しが気にはなる。処理なんて言われると、一体何をするつもりなんだろうと心配になるというかなんというか。


 デジレは続けてニナに告げた。


「それから、君には当面側妃の駒になったふりをしてあちらの情報をこちらに流してもらう」

「ふんっ! いいわ。任せといてっ」


 やる気満々に答えたニナを、思わずはっと止めた。


「ま、待ってくださいっ! それはさすがにニナが危険なのでは……!?」


 もしもこちらとつながっていることがバレでもしたら、その場で殺されかねない。ニナひとりだけそんな危険にさらすなんて、とてもできない。


 けれど当の本人は、やる気満々だった。


「いいの! ラリエット」

「え?」

「だって、どっちに転んでも殺されるかもしれないのよ? だったらいちかばちかでやってみるしかないじゃない!」

「それは……そうかもしれないけど。でも!」


 ニナに万が一のことがあったらと思うと、気が気ではない。でも確かにニナの言う通り、それしか方法がないこともわかってはいる。でも――。


「ラリエット、君の心配はわかるがちゃんとニナ専用に影もつけるから安心してほしい。いざとなれば、影がニナを守る」

「……」

「それに、ニナの身を守るためにもぜひ君にも力を貸してもらいたいんだ。君の助力があれば、きっとニナの身をしばし守ることができるはずだからね」

「え? 私が……ニナを守るためにできることがあるんですかっ?」

「うん。……やってくれるね? ラリエット」


 ニナを守れるのならもちろん、と大きくうなずこうとしてなんとなく引っ掛かった。


(なんか……殿下の顔にまた黒い笑みが浮かんでいるような……? 気のせい……かしら……。でも……)


 けれどそれがニナを守るために自分にできる精一杯のことだと言うのなら、やるしかない。


「も、もちろんですっ! 私、ニナを守るためならなんだってしますっ……!」

「そうか。ならよかった。ならばさっそくその特訓に取りかかってもらおうかな?」

「……特訓? ……って何?」


 デジレの提案に、ぴたりと動きが止まった。



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