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第11話 春の神と夏の神

 ハルは目の前に映る裸の男を見ても動じず、冷ややかな目線で対応する。


「ナツ。なんなの、その格好。こっちが恥ずかしいよ」


 ナツと呼ばれた裸の男こそ、夏の国・サマーを治める神である。

 夏の国の神様は裸族なのだろうか、とシルクは脳内でツッコミつつも未だに直視できない。

 まぁ、映像では上半身しか映っていないので、見たとしても問題はない。


「あー? オレは今、海水浴の最中なんだよ。さっさと会議終わらせるぞ!」


 という事は、ナツは裸ではなく海パン姿だと予想できる。ようやくシルクは手を下ろして遠目でナツを見る。

 ナツの褐色肌で筋肉質の胸板は、色男というよりも健康的なスポーツマンの印象を受ける。

 神の実年齢は分からないが、見た目はハルと同じく20歳くらいだろうか。


(あれ? この人も前、どこかで……?)


 ナツを直視した瞬間に、シルクの脳裏に何かの映像が映った気がした。懐かしいような、愛しいような……ハルに初めて会った時の感覚と似ている。


(ナツさんとも、遠い昔に会った事があるような気がする)


 それにしても、夏の国の人はこんなキャラばかりなのだろうかと、別の意味でサマー国の行く末が心配になる。

 確かに、穏やかでマイペースなハルとは相性が悪そうだ。シルクは視線をハルの後ろ姿に移す。


「じゃあ、報告するよ。スプリング国は『異常なし』だよ。以上」


 ハルが素っ気なく定型文のような短い報告をする。

 しかしナツはニヤリと意味ありげに笑うと、姿勢を崩してテーブルに片肘を突いた。上半身しか見えないが、おそらく一緒に足も組んだ。


「へえ。それは変だねぇ。サマー国は『異常あり』だ。今はどの国も『異常あり』が普通のはずだぜ?」

「…………!」


 ハルは自分の失言に気付いたが言い返せない。シルクが来てからは自国に異常気象が激減したので『異常なし』と言ってしまった。

 だが、常に異常気象である4国に『異常なし』はありえないのだ。

 つまり逆に、良い意味でも悪い意味でも、スプリング国に何か異変があった事になる。ハルの発言だけでそれを見抜いたナツは、短気で適当に見えても聡明な神である。

 さらにナツはハルを問い詰める。


「そういえば、スプリング国に女神が来てるんだよな? そこにいるのか? オレにも会わせてくれよ」

「どうしてナツがそれを……!」


 ハルが驚くのと同時に、シルクの肩がビクッと跳ねた。

 いや、よく考えればナツが知っていても不思議ではない。ナツの側近であるアラシが、すでにシルクと会っていたのだから。

 しかしハルは、シーズン国でサクラがアラシと会って一緒に行動していた事を知らない。

 シルクがサクラの方を見ると、気まずそうに目を伏せて口を閉ざしている。


(サクラさん……? ハルくんにも言えない事なの?)


 シーズン国で見た、あの時のサクラとアラシ……あれは本当に秘密のデートだったのだろうか。

 シルクはサクラを気遣い、あの日の事は心に秘めておこうと思った。

 それを知らないハルにしてみれば、どこからか情報が漏れたと疑ってしまう。


「長話は良くないよ。これで会議は終わりにする。じゃあね、ナツ」


 ハルは淡々と告げると、正面に向かって手の平を突き出す。すると壁に映っていたナツの映像が一瞬にして消えた。魔法で強制的に通信を切ったのだ。

 神どうしの会話は、わずか数分であった。ハルは、ふぅっと息を吐いてから、ゆっくりと席を立つ。後方に立つシルクとサクラの前まで来ると立ち止まる。


「シルクちゃんの事は他国に秘密にした方がいいね。きっと狙われちゃうから」


 ハルの言う『狙われる』とは、女としてなのか、女神としてなのか。どちらにしても、ハルにはシルクを独占したいという意思が見える。


「じゃあ、僕は仕事があるから行くね。シルクちゃん、またお昼休みに会おうね」

「あ、うん……」


 ハルはそのまま一人で会議室を出て行ってしまった。

 真っ白な静かな部屋には、シルクとサクラの二人きり。先ほどのアラシとの件もあり、どう話しかけていいか分からない。

 シルクが気まずそうにしていると、サクラの方から優しく笑いかけて話してきた。


「ご心配なく。ああ見えて、ハル様はナツ様と仲が悪い訳ではありません」


 あぁ、そっちの件か、とシルクは肩の力を抜いた。


「それはハルくんも言ってたけど、会議なのに数分しか話さないなんて……」

「話さないのではなく、話せないのです。季節の神は極力、互いの干渉を避ける必要があります」

「干渉を避ける?」


 シルクがずっと感じていた違和感。4つに区切られた大陸、厳重な国境の壁、国交断絶。その答えがサクラの口から明かされる。


「伝説では、女神シルク様が他の季節の神と強く干渉したために、シーズン国が滅んだと伝えられているからです」


 シルクの心臓がドクンと高鳴る。ここでもまた伝説の話だと。神どうしが干渉すると国が滅びる……この伝説が示す意味は何だろうかと。

 その伝説を信じるからこそ、4国は互いの干渉を避けて国交断絶をしている。それほどに、女神シルクの伝説は全世界で重んじられている。


(それなら、私は?)


 もしシルクが本当に『季節の安定』の能力を持つ女神なら、季節への干渉は国を救うのか、それとも滅ぼすのか?

 後者ならハルがシルクを歓迎するはずがない。今のシルクは、あくまで女神の能力を持って転生した『人間』という事だろう。


(でも、そんなの都合が良すぎる気がする)


 シルクの中で、その矛盾に対しての不安と迷いが生まれ始めた。

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