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第12話 神々の失われた記憶

 夜になって入浴後、シルクは自室のベッドに仰向けに倒れ込む。

 ハルが用意してくれたこの部屋は、寝具も淡いピンク系で統一されて可愛らしい。一人用とは思えない大きさのベッドは大の字になって寝ても余裕がある。

 そしてシルクが着ている寝間着も、ピンクの花を思わせるフリルが重なった可愛らしいネグリジェだ。

 シルクは枕元に置いてある日記に手を伸ばすと、それを持って起き上がる。


(日記の続き、読んでみよう)


 まだ最初のページしか見ていないが、そこには手書きで世界地図が描かれていた。次のページをめくってみると、今度は横書きの文字のみが並んでいる。


(えっと……シーズン国と、季節の神……え? 文字が読める)


 前までシーズン国の文字は全く読めなかったはずなに、なぜか今は解読できる。なぜかは分からないが、シルクは食い入るように読み進める。

 その内容は、女神シルクの視点から、春夏秋冬の季節の神々との交流を綴っている。


(やっぱり、これは女神シルクの手記……私の前世の日記なの?)


 日記というよりは物語仕立てになっている。まるで答え合わせのように、今のシルクが知る限りの女神シルクの伝説と一致する。

 女神シルクが、自分自身に書き残した真実の記録……それは、まるで後世の自分に託した遺書のようだ。


(女神は、春夏秋冬の神々と同じ時代に生きていた。それって、今のハルくんたちの事?)


 急いで次のページをめくるが、そこから先は未知の文字の羅列で解読できない。

 全ページが同じシーズン語で書かれているのに、シルクの思考がそれを文字と認識しない。まるで、その先を読ませないようにする女神の意思が働いているかのように。

 結局は、シルクが現実で知った事実までの情報しか日記で読む事ができなかった。シルクが知りたいのは、その先なのに。


(その先に何があったの? 女神が強く干渉した季節の神って誰なの? 自分で答えを探せという事なの?)


 その時、シルクは思い出した。シーズン国の廃墟で目覚める直前に見ていた夢……あの夢の中で抱き合っていた相手こそが、その季節の神なのではないのかと。

 という事は、女神シルクは、季節の神の中の誰かと……。


「ねぇ、その本、面白い?」


 突如聞こえてきた声にハッと横を向くと、いつの間にかハルがベッドに腰掛けていて、シルクの隣で日記を覗き込んでいる。

 仮にもここは女子の部屋だし、気配すらなく隣にいたものだから驚く暇もない。普通の女子なら叫び声でも上げるだろうが、元々シルクは感情に乏しい。

 それに、ハルの温かい春風のような笑顔には邪気など一切感じない。


「本というか……これ日記だから」


 そんな普通の答えしか出せない自分が滑稽にも思えてくる。


「ふぅん、それシーズン国の文字かな。僕には読めないね」

「っていうか、ハルくん……なんでいるの? 夜這い?」

「夜這いしてほしいの? ふふ、シルクちゃんってば可愛いなぁ」


 シルクとしては言い返してやったつもりだが、さらに言い返されてしまった。よく見るとハルも寝間着だし、本当に夜這いに来たと疑いたくもなる。


「あのね、シルクちゃん。真面目な話なんだけど。お願いがあるんだ」

「え……なに?」


 急にハルが真剣な顔で見つめてくるので、思わずシルクも真顔で返す。

 真面目な話なのに、勝手に女子の部屋のベッドに腰掛けて寝間着姿で語る神様も、どうかとは思う。


「僕と一緒に寝てほしい」


「…………」


 やっぱり夜這いだったのか。そんな真面目な顔で言われても返答に困る。だからシルクも真面目に返すしかない。


「お断りします」

「あっ! 違うよ、邪な意味じゃなくて!」

「じゃあ、どういう意味ですか」

「シルクちゃん、敬語が怖いよ……」


 シルクの真顔での敬語口調は威圧感がある。まさに女神の風格。だからと言って、特にハルの言動に嫌悪を感じている訳でもない。

 とりあえず黙ってハルの思惑を聞いてみる。


「僕とシルクちゃんが一緒に寝たら、国が救われるかもしれないんだ」


 この神様は何を言っているのだろうか。このまま続きを聞いて大丈夫なのかと、シルクは別の不安で目が据わってくる。

 ハルに悪気はないが、どうも説明が下手というか、やっぱり春らしく天然なのだ。黙って温かい目で見るしかない。


「近くで寄り添えば、女神の能力で僕の力が戻るかもしれない。何もしないよ、添い寝だけでいいんだ」


 確かにハルは、スプリング国の季節の象徴。ハル自身が女神の能力『季節の安定』を受けて力を取り戻せば、国の異常気象も収まる。

 それが上手くいくのなら、スプリング国を救う最短の方法かもしれない。


「……ハルくん、その前に1つだけ聞いてもいい?」

「うん、なに?」


 その前に、シルクには確かめたい事がある。それは、過去に女神シルクが干渉した……つまり愛した相手がハルなのかどうか。

 シーズン国は数百年前に滅んだらしいが、神なら何百年、それ以上生きていても不思議ではない。

 もしかしたらハルは、伝説ではなく真実を見て知っているのかもしれない。


「ハルくんは、昔の女神シルクに会った事があるの?」


 ハルは一瞬、赤いルビーのような瞳を見開いたが、すぐに目を伏せた。


「分からないんだ」


 意外な答えに、今度はシルクが銀の瞳を満月のようにして見開く。


「分からないって、どういう事なの?」

「記憶がないんだ。女神シルクとシーズン国が存在していた時代と、それ以前の記憶がない。まるで空白の期間のようにね」

「そんな、まさかハルくんも記憶喪失だったなんて……」

「僕だけじゃないよ、他の神たちも同じ。何かの魔法か呪いなのかもね」


 という事は、転生したシルクと春夏秋冬の4神、全ての神が過去の記憶を失っている事になる。

 人間の寿命から考えても、当時の女神とシーズン国を知る生存者はいない。確かな記録もなく『伝説』として語られるのみ。

 まるで女神シルクとシーズン国の存在を闇に葬るような、何者かの強い意志が働いているように感じる。

 考えていても答えは出ない。シルクは、国を救おうとするハルの気持ちに正面から向かい合う。


「ハルくん。その、添い寝の件だけど……」


 添い寝の覚悟を決めたシルクであったが、言い終わる前にハルが言葉を重ねる。


「あ、ごめんね。やっぱり、いきなりは困るよね。添い寝はまた今度にしよう」


 事前予告があれば良いという問題ではないし、『また今度』なのがハルの意地を感じる。


「その代わり、もし明日の天気が良ければ、一緒に行ってほしい場所があるんだ。いい?」

「うん、いいよ。どこに行くの?」


 外出くらいなら改まって聞かれるまでもない。シルクは軽い気持ちで了承した。

 初めてスプリング国に来た時は強風だったので、ちゃんとした外出は初めてで、少し楽しみでもある。

 だがハルはそうではなく切ない表情で、どこか遠くを見つめた。


「スプリング国の『聖樹』……僕の分身だよ」




 聖樹。それは滅びが迫る国で、力を弱めながらも枯れずに生き続ける、聖なる木。

 その存在はスプリング国の象徴であり、まさにハルと運命を共にする『分身』でもあった。

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