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第17話 ハルの行く末

 チェリーは退室してシルクは今、自室のリビングに一人でいる。

 チェリーの淹れてくれた紅茶のおかげで、少しだけ涙が収まってきた。……が、完全に止まった訳ではない。

 何もしない訳にもいかない。こんな時は、いつものように日記の続きを読んでみる。

 思った通り、また続きのページが読めるようになっている。


(女神は恋をしてはいけない……世界の安定が崩れるから)


 女神シルクの能力『季節の安定』は、自身の心に影響される。

 シーズン国が滅んだ原因は、女神シルクが一人の季節の神を愛してしまったからであるという。

 女神は世界の安定のために、決して恋をしてはいけない運命にあった。


(全てをやり直すために、女神は命と引き換えに転生の魔法を使った)


 その内容は、まさに今朝の夢で見たシーンと一致する。そして女神が転生と引き換えに失ったのは命だけではない。


(という事は、私は記憶と感情を失ったのではなくて……)


 来世では一人の神だけを愛さないようにと、自らの魔法で記憶と感情を封印したのだ。そして神々の失われた記憶も同様。

 転生の魔法により、女神シルクは死ぬ度に転生を繰り返す。

 女神シルクの願い『シーズン国の復活』を叶えるまで、その魔法は永遠に解けない。

 失敗すれば何度でも時間と記憶をリセットし、滅んだシーズン国から人生がリスタートする。18歳の『人間』シルクとして。


(魔法というより、呪いみたい……)


 まだ女神の自覚がないシルクにとっては、自身の手記ではなく他人の物語を読んでいるような感覚になる。

 運命から逃れるように人間に転生しておきながら、使命には立ち向かおうとする、女神の矛盾。だが、そこには女神の強い意志と願いを感じる。

 本当は、女神シルクは恋をしたかったのではないか……深読みすれば、そうとも思える。

 その時、シルクの部屋のドアが再びノックされた。今度はシルクの返事を待っているのでチェリーではない。


「はい、どうぞ」


 シルクがドア越しに声をかけると、そっとドアが開く。そこに立っていたのはサクラだ。

 今日も変わらず黒のスーツ姿でクールなサクラは、まずは丁寧に頭を下げる。


「シルク様、おはようございます……大丈夫ですか?」


 顔を上げてシルクの顔を見るなり、サクラは少し驚いて気遣う。シルクの目は泣きすぎて赤く腫れていたからだ。


「あ……これは、違うの、なんか勝手に涙が出ちゃって……あ、どうぞ部屋に入って」

「失礼します」


 サクラはシルクの部屋に入ると、何かを確認するように部屋中を見回した。


「ハル様はお部屋にいらっしゃいませんか?」

「私の部屋には来てないけど」

「そうですか……おかしいですね」


 サクラが困った顔をしているので、シルクは気になった。


「ハルくんが、どうしたの?」

「それが、城のどこにもいないのです」

「外出したとか?」

「今日は強風で雨も降り始めています。それに無言で外出はしないはずです」


 ハルなら強風でも問題なさそうだが、確かに側近のサクラに告げずに外出するのも不自然だと思う。

 今朝の事もあって、シルクは胸騒ぎを感じた。まさかとは思うが、思い詰めてはいないだろうか。

 こんな時なのに、なぜかシルクは鼻が痒くなってきた。


「は、は……くしゅん!」


 咄嗟に顔を背けたが、突然のくしゃみにサクラは目を丸くしている。


「あ、ごめんなさ……くしゅん! くしゅん!」


 なぜか止まらないシルクのくしゃみ。その様子を見たサクラが何かに気付いたようだ。


「シルク様、それは花粉症です。涙が出るのも、そのせいです」

「え……花粉? 花粉が飛んでるの?」


 意外な言葉に意表を突かれた。スプリング国の樹木や草花はほとんど枯れていて、花粉が飛ぶイメージはなかった。

 サクラが言うに、まだ生きている草花が通常の何十倍もの花粉を飛ばすのだという。

 絶滅を食い止めるための必死の繁殖行為だと思うと生命の底力を感じるが、これも異常気象の一種であった。


「我々は普段から聖樹の葉のお茶を飲んでいますので、花粉症にはならないのですが」

「あ、あの紅茶が、そうなのね……そっか、聖樹の葉は万能薬になるって言ってた」

「はい。シルク様はまだ日が浅いので発症したのでしょう」


 スプリング国に来てから何度も桜の紅茶を出されたが、あれが花粉症対策の薬でもあるとは気付かなかった。

 しかし、涙の原因が花粉とは……ハルを傷つけてしまった理由としては、やるせない気持ちになる。

 今日の天気が暴風雨なのも、ハルの心を乱れさせてしまったせいに違いない。

 暴風、万能薬……その事を思い浮かべた瞬間に、シルクの脳裏にとある情景が映し出された。


「サクラさん、聖樹の場所に連れて行って!!」

「聖樹ですか? ですが、今日の外出は危険です」

「見えたの。ハルくんは今、聖樹の所にいるの!!」


 シルクにはハッキリ映像として見えた。雨風に晒されながらも聖樹の前に佇むハルの姿が。

 ハルのその行為の意味……シルクの考えが正しければ、迷っている時間などない。

 シルクの必死な訴えを受け止めたサクラは、それを疑いはしなかった。


「分かりました。ですが外は危険ですので、私が一人で……」

「私も連れて行って! 私の力……私しかハルくんを救えない!」


 シルクは分かっている。自分の意思では発動できない不安定な女神の能力でも、それしか方法がない事を。

 サクラは迷わずに頷いて同意した。


「……承知しました。急ぎましょう」


 サクラも勘付いたのかもしれない。……今が危機的状況である事を。



 ハルの命が、終わりを迎えようとしている事を。

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