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第22話 春のシーズン

 シルクがシーズン国へと行く日の朝。

 自室の姿見に全身を映しながら、シルクは決意を新たにする。


(……よし。行こう)


 シルクが纏っているのは、いつもの桜の花のようなピンク色のドレスではない。

 純白のドレスに、同色の斜めがけのポシェットをかけている。その中には女神の日記を入れた。

 これはシルクが最初にシーズン国で目覚めた時に着ていた服で、ずっとクローゼットの中にしまってあった。

 出発の時間になりサクラが部屋に入ってくると、まずシルクのその服装に驚いた。


「シルク様、そのお召し物は……なんだか懐かしいですね」

「うん。たぶん、これがシーズン国の正装だから」


 それは、ハルの婚約者・シルクではなく、シーズン国の女神・シルクとしての決意の表れでもあった。

 ハルは相変わらず昼前まで寝ているので『別れ』は告げずに出発する事になった。


(ハルくん、心配しないで。必ず帰ってくるから)


 なんの根拠もない約束。だがシルクの左手にはハルの確かな約束の証が刻まれている。

 ハルにキスができない代わりに、シルクはそっと左手の甲に咲く桜に唇を落とした。


 城からシーズン国の国境までは、普段の移動手段と同じくリムジンで向かう。

 スプリング国に異常気象はなくなったので、もうサクラの魔法で飛んでいく必要はないからだ。


 国境に辿り着くと、車から降りてシルクとサクラは二人だけで国境の壁の前に立つ。

 ここからの同行者はサクラのみ。ハルの側近であり、春魔法の使い手でもあるサクラは護衛も兼ねている。

 あの時のように、サクラは魔法で壁に光り輝く出入り口を作る。その光を通り抜ければ、そこはシーズン国だ。

 国境を越えた瞬間に視界に広がった光景は、二人の知るシーズン国ではなかった。


「え……? ここ、シーズン国?」


 思わずシルクが独り言のように呟く。

 並木道を埋め尽くすのは、見渡す限りの桜の木々。桜は満開で、ピンクの桜吹雪がシルクを歓迎しているようであった。

 クールなサクラも、さすがに驚きを隠せない様子で周囲を見回している。


「はい。国境を越えましたので、ここはシーズン国です。驚きました……まるでスプリング国ですね」


 並木道の遥か先に見える城や建造物などは廃墟のままだが、木々や草花などの自然は再生している。晴天で空は明るく、気候も以前よりも温かい。

 今、まさにシーズン国は『春』の季節を迎えていた。

 それによって、シルクの推測が確信に変わった。


(スプリング国が春を取り戻したから、シーズン国にも春の季節が蘇った)


 春夏秋冬4つの国を救えば、シーズン国の四季は蘇る。

 シーズン国は1年の間に4つの季節が移り変わる唯一の国。だが、現状は春の季節しか取り戻していない。

 春が終われば夏は訪れずに、再び草木は枯れて生命と季節の存在しない国に戻るだろう。


(シーズン国の四季の風景を見てみたい)


 シーズン国の春の景色を見たシルクは、心が震えるほどに『嬉しい』という素直な感情に満たされていた。

 シーズン国の復活は、前世の女神シルクの願望であると同時に、今世のシルクの願いにも変わっていた。

 だからこそシルクは全世界を巡って、全ての国を救おうという決意に至った。


「シルク様、行きましょう。どちらへ参られますか?」

「あ、じゃあ、お城……私が最初に目覚めた、あの場所に」

「承知しました」


 二人が向かった先は、城下町を真っ直ぐ進んだ先にある王宮の城。

 朽ち果てていて当時の煌びやかさはないが、シルクが最初に眠りから目覚めた運命の場所である。

 シルクは死ぬと転生を繰り返し、この場所から何度でも人生がリスタートする。いわばスタート地点だ。

 その女神の呪いは、シーズン国の復活を遂げるまでシルクの魂を縛り続ける。

 その場所に両膝を突いて目を閉じると、シルクは祈りを捧げる『ふり』をした。


(一人で他の国に行くには、どうしたら……)


 国境の壁の結界魔法は、シルク一人でも女神の能力で問題なく通れると思われる。

 あとは、どうやってサクラの目を盗んで一人で他国へ行くか、その方法を考える。

 ……その時。



「よ~お、サクラちゃん、シルクちゃん」



 祈りの最中のシルクと、それを見守るサクラの背後で何者かが二人に呼びかけた。

 ハッとして、まずサクラが振り返る。そしてシルクも目を開けて後方を見て確認する。

 崩れ落ちた城の出入り口には、一人の男が腕を組んで立っていた。それが誰であるか、サクラには瞬時に分かった。


「アラシ……! お前、なぜここに!?」

「そりゃないぜ、サクラちゃん。いつもオレとデートしてる場所じゃん」

「……! デートなどした覚えはない!!」


 シルクも彼には見覚えがある。夏の国・サマー国のアラシ。夏の神・ナツの側近である。

 そしてサクラは、なぜかアラシに対してだけは態度も口調も冷たくなる。

 そういえば、シルクが最初にこの場所で目覚めたあの日も、サクラとアラシは一緒に行動していた。


「サクラさん、今日はデートの日だったの? ごめんなさい、そんな大切な日なのに」

「し、シルク様まで! 違います、断じてデートなどではありません!!」


 普段はクールなサクラが取り乱して顔を赤くしている。それだけで二人の関係を察したシルクであった。

 シーズン国は、国交断絶の異国の者どうしが国境を越えて会える唯一の場所。逢い引きの場所としてはロマンを感じる。


「しかし、すげえな。シルクちゃんは本物の女神なのか」


 アラシは外の景色に視線を移す。ここは城の中だが、壁や天井は崩れ落ちているので外にいるのと変わりない。

 真面目なサクラはアラシに何も返さない。シルクが女神であるという事実は秘密事項であり、他国に漏らしてはならない。

 そして、シルクとハルが婚約しているという事実も同様であった。

 今日のサクラは任務優先で、いつも以上にアラシに構わずに冷たい。


「アラシ。悪いが、今日はお前に話す事はない。私たちに構わないでもらいたい」

「お~冷たいねぇ。奇遇だな、今日はオレも用があるのはサクラちゃんじゃないのよ」

「……なんだと?」


 アラシのオレンジの瞳が過熱したように明るく光ると、赤い髪が逆立つ。褐色肌の全身からは炎のようなオーラが舞い上がる。

 次の瞬間、アラシの姿が消えた。……いや、瞬間移動したように素早く動いた。


「アラシッ!?」


 その動きはサクラにも目で追えずに、気付けばアラシはシルクの背後に回っていた。

 そして後ろから首を絞めるような形で片腕でシルクを捕らえる。まるで人質を取ったような形だ。

 一瞬の出来事でシルクは声も出せなかったが、アラシの腕の強さで殺意まではないと分かる。


「シルクちゃんをちょっと借りてくぜ」

「アラシ!! お前、どういうつもりだ!?」


 サクラが一歩踏み出そうとすると、行く手を遮るかのように地面から激しい炎が立ち上る。それはサクラの周囲だけを円形に取り囲み動きを封じた。

 これはアラシの夏魔法、炎のサークルである。本来は防御魔法だが、相手に使う事で動きを封じる。

 アラシは苦笑いをしながらサクラに謝る仕草をする。


「悪いな、オレも仕事なのよ。ナツ様がシルクちゃんに会いたいそうでな」

「夏の神、ナツ殿が? なぜ!?」


 アラシはナツの命令でシルクをサマー国へ連れて行こうとしている。

 簡単にシルクを渡さないと分かっていたので、最初から手荒な方法を取った。おそらくナツはシルクが女神だと勘付いている。

 しかしシルクは抵抗どころか、この状況でも心が落ち着いている。むしろ、これは都合が良いと気付き始めた。


「サクラさん、私は大丈夫だから! 心配しないでって、伝えて!」


 関係がバレないようにハルの名前は出さなかったが、シルクはサクラにそう伝えた。

 シルクの決意を知らないサクラは当然ながら、立場的にも感情的にもそれに同意できない。


「シルク様、ですが……!!」

「サクラさん、お願い!! 必ず帰るから!!」

「承知……しました……」


 苦悶の表情で同意するサクラの前で、シルクを捕らえたアラシの周囲が竜巻のような風に包まれる。

 そして二人を巻き込んだ竜巻は、そのまま上空へと飛び立った。まるで台風。夏の嵐のような移動魔法であった。


(ハルくん、サクラさん、ごめんなさい)


 ハルの事なのでサクラを責める事はないと思うが、シルクは自分を責めながらも前に突き進む事を決意した。

 どんな形であっても、これでサマー国に行ける。



 全世界を救ったその先に未来があると信じて、シルクは自分の意志で国境を越えていく。

 第2の季節の国、サマー国へと。

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