アラシに捕らえられた形で、シルクはシーズン国の国境の壁へと連れていかれた。
先ほどサクラと通過したスプリング国に繋がる壁ではなく、この先はサマー国へと繋がっている。
アラシは自分とシルクを包んでいた竜巻の移動魔法を解いて壁の前に立つ。そしてサクラと同じように魔法で壁に出入り口の光を作る。
「この先がサマー国だ。行くぜ、シルクちゃん」
シルクは無言で頷く。最初からサマー国へ行くのがシルクの目的なので抵抗の意思はない。
アラシと共に光の中を通り抜けてサマー国の土を踏んだ途端に、まず異常な熱気と湿気が全身を襲った。
「え……なに、この暑さ……」
「おっと、オレから離れたら溶けるぜ」
すかさずアラシがシルクの片腕を掴んで引き寄せた。すると結界魔法が二人を包み込み、暑さの影響を受けなくなった。
これは、スプリング国でサクラが強風から身を守るために使用していた結界魔法と同じだ。
それにしても、いくら夏の国でも暑すぎて、これでは長時間歩くのは危険だ。
「これがサマー国の異常気象なの?」
「そうだなぁ、異常っつーか、これがもう普通だな」
夏の異常気象ならば冷夏か酷暑のどちらかだと予想していたが、どうやら暑すぎる方らしい。
そしてシルクはスプリング国の暮らしに慣れたせいで、無意識にアラシにもタメ口になっている。
アラシは見た目20歳くらいで、18歳くらいのシルクよりも年上だが、彼もシルクの口調は気にしていない。
「じゃあ、急いで城に行くぜ! しっかり掴まってな!」
「え……きゃっ!!」
アラシはシルクの肩に腕を回して抱き寄せた。そして再び魔法で二人の周囲に竜巻を発生させると空へと飛び立つ。
空を飛行している間に、シルクは上空からサマー国の景色を目にする。
予想通り、見えるのは枯れたヤシの木や乾いた土の地面ばかり。この暑さのせいか、住民が外を歩く姿も見かけない。
(やっぱりサマー国も……なんとかして救いたい)
かつてのスプリング国のように、サマー国も滅びの危機にある事は一目瞭然であった。
やがて前方から迫る景色の色が一変した。乾いた土の色から、真っ青な水の色へと。
(海……!)
シルクの銀の瞳が広大な海の色を反射して青く煌めく。乾いた地平線から一転、水に満ちた水平線が果てしなく続いている。
全ての水が枯れていてもおかしくはない気候の中で、海を目にしたシルクは少し安堵した。
やがてアラシは海辺の海岸に着地すると自身を取り巻いていた竜巻の魔法を解く。
砂浜に足を下ろすと、シルクは肩を抱いているアラシの手を乱暴に解いて離れた。
「あなた、どういうつもりなの? 海に来てナンパのつもり?」
「は? なんだよ、人をそんなチャラいナンパ男みたいに」
シルクが怒るのも無理はない。目の前に広がる海は絶景だが、ここに連れてきた意図が分からない。
そしてシルクが怒るのには別の意味もある。
「だって、そうでしょう? あなたには恋人がいるのにナンパするなんて」
「あ? 恋人? 誰だそりゃ」
「サクラさんに決まってるでしょう」
「あ~!! サクラちゃんね、やっぱ恋人に見える? そうそう、オレとサクラちゃんはラブラブでさぁ~」
急にアラシは嬉しそうな笑顔でデレデレし始めた。わざとらしいので、サクラとは恋人ではなくアラシの片思いなのかもしれない。
それを言うならシルクにだってハルという婚約者がいるが、それは口にしない。
そんな事を言ってたら、暑さで頭がクラクラしてきた。アラシから離れたせいで結界魔法の効果がない。
二人は海と向かい合っているが、アラシが急に後ろを向いた。
「ほら、シルクちゃん、逆。逆向いてみ」
「え?」
シルクも同じように体を反転させると、前方にそびえ立つのは海の家、ならぬ海の城であった。
タマネギのような丸屋根と瓦屋根の建物が複合された外観は、まさに海の外に建つ竜宮城。
外壁の色は太陽を思わせるオレンジ色だが、あの丸屋根を見ると夏野菜のタマネギをイメージした城かもしれない。
「どうだ、立派だろ? これがナツ様の城だぜ」
「……別荘?」
「いや、王宮だぞ!」
誇らしげに言うアラシであったが、シルクはまさか王城が海の真ん前に建っているとは思わなかった。
そういえば、前に会議の映像で見たナツは海水浴の最中だと言っていた。この海で泳いでいたのだろう。
その時、何かの気配を感じたアラシがハッとして再度、海の方を向いた。
「シルクちゃん、逆だ! 海を見ろ!」
「え、また?」
海を見たり城を見たり、体を反転させるだけでも忙しい。
シルクが再び海の方を向いて目を凝らすと、沖の方から誰かがこちらに向かって泳いでくる。
やがて浅瀬まできて歩き始めると、だんだと筋肉質の男性の上半身が露になってきた。
「きゃあっ!」
シルクは思わず顔を背けた。当然、その男性は全裸ではなく海水パンツをはいているが、シルクは男性の肌に耐性がない。
しばらくすると、その男性がすぐ目の前まで来た気配を感じるが、シルクは正面を向けない。
「よお。よく来たな、女神」
その甘く懐かしい声に誘導されて、シルクは恐る恐る男性と顔を合わせる。
健康的な褐色肌に逞しい胸板。燃えるような赤髪に、真夏の太陽のようなオレンジの瞳。
彼の姿は前に会議の映像で見たが、それとは別の既視感でシルクの心臓が高鳴る。
(なんだろう、この感じ……)
前世の女神シルクは全ての神と交流があった。という事は、女神の記憶がシルクに懐かしさを感じさせているのかもしれない。
「オレの名はナツだ。夏の国・サマー国の神だ」
ナツにとってはシルクを見るのは初めてだが、見た目だけで女神だと見抜いてしまった。
シルクが黙っていると、途端にナツは満面の笑顔でシルクの眼前に迫った。
「早速だが、女神シルク。この国を救え」
半裸のナツの口から飛び出したのは、女神に救いを乞う言葉らしくない『命令』であった。
運命に導かれるようにして、シルクが辿り着いたのは夏の国・サマー。
そこは春夏秋冬の4国『季節の国』の1つであり、シルクが滅亡から救う2つ目の国となる……のだろうか。