ナツが部屋から立ち去った後、シルクがベッドで倒れたままでいると、誰かがこの部屋のドアを開けた音がした。
この部屋は広くはないので、ベッドで顔だけを横に向けると正面に出入り口のドアが見える。
部屋に入ってきたのは若い女性で、ドアを閉めると深くお辞儀をする。
「シルク様、失礼しますぅ~!」
どこかで聞いたような明るい挨拶に、シルクは思わず身を起こして彼女を凝視する。
褐色肌で赤髪なのはナツやアラシと同じで、夏の種族の特徴だろう。見た目18歳のシルクと同い年くらいに見える。
長い髪を首の後ろでお団子にして結んでいる……のも既視感がある。
肌と髪の色は違うが、彼女はスプリング国の某メイドに見た目がそっくりであった。
「え……チェリーさん?」
「あ~惜しい!! 私はベリーと申します! シルク様のお世話をさせて頂くメイドです!」
その口調も容姿も、どう見てもチェリーにしか見えない。例えるなら色違いのチェリーだ。
それ以上にシルクが驚いたのが、ベリーの服装であった。
「ベリーさん、なんで水着なの?」
「え? 何かおかしいですか?」
ベリーが着ているのは白いフリルのメイド服のように見えるが、袖は短かくミニスカートで生足にサンダル。メイドにしては肌の露出が多すぎる。
もしかしたらナツのように海水浴の最中に来たのかもしれない。
「シルク様、そのお洋服ではお暑いでしょう? これにお着替えください!」
ベリーが差し出したのは丁寧に畳まれた服らしき物だが、布切れのようで厚みがない。
確かにシルクが着ている白のロングドレスでは、この暑さと湿気の中では活動しづらい。
ベリーから服を受け取って、それを広げてみるが……やはり服とは思えない。
「……これ、下着?」
「いえ、水着です! ここでは水着着用が普通なんですよぉ!」
「え……これが普段着なの?」
一瞬、単にナツの趣味ではないかと疑ったが、異国の文化と考えれば普通なのかもしれない。
だとすると、ナツは普段から半裸で歩き回っているのだろうか。色んな意味で危険すぎる。
しかし、ベリーのようなワンピースならまだしも、シルクに手渡されたのは真っ赤なビキニ。しかも際どい。……絶対にナツの趣味だと思った。
(夏の神様は変態なの?)
シルクの細めた銀の瞳がスッと冷ややかに凍る。
「これを着るのは絶対に嫌です。替えてください」
「えぇ~! 困りましたねぇ、その水着はナツ様のお見立てなのですよぉ」
やはりナツの趣味であった。シルクは本気で怒ると無表情で敬語口調になる。これでハルを何度も威圧した実績がある。
「もう一度言います。替えてください」
「うぅ……分かりましたぁ」
女神の威圧に勝てる者はいない。仕方なくベリーはクローゼットを開けて別の服を探す。
その間に、ふとシルクは自分の手を見て思い出した。
「あ、あと手袋もしたいの」
「手袋ですかぁ? あ、日除けのアームカバーですね。はい、ありますよ!」
そうして改めてベリーから手渡された服を着てみる。
オレンジのキャミソールに、ベージュのシフォンのミニスカート。これもかなり露出は高いが、ビキニよりはマシだし涼しい。
さらに、手の甲から手首までの長さのベージュのアームカバーをつける。これは左手の甲に刻まれたハルとの婚約の証、『桜の紋章』を隠すためであった。
すると、ベリーが間近に迫ってジロジロとシルクの全身を見ている。
「はぁ~! シルク様ってスタイルが良いですね~!」
「そ、そう?」
シルク自身も体のラインが見えるほどにピッタリとした服は初めてで、ミニスカートも同様。細身の割には大人のバストで色香すら感じさせる。
さらにベリーは内緒話をするような仕草でシルクの顔面に迫った。
「シルク様はもうナツ様に口説かれました?」
「……え? 口説かれ……?」
意表を突かれたシルクはすぐに答えが出なかったが、ナツにはついさっき押し倒されたばかり。あれは口説いていたのだろうか。
しかし、ベリーの言い方はどうも気になる。これではまるで、ナツが見境なく誰にでも口説くかのようだ。
「この城では、ナツ様に何回口説かれたかがステータスなんですよぉ!」
「…………」
ナツはチャラ男で決定だ。以前にハルを女好きだと勘違いした事はあったが、ナツは正真正銘の女好きだろう。
女神に際どいビキニを着せようとした時点で変態疑惑も浮上している。思った以上にサマー国の状況は深刻だ。
救いようのない神でも救わなければならない女神の使命は前途多難としか言いようがない。
(ハルくんは一途だったのに……スプリング国は穏やかだったな)
そもそもシルクは転生して目覚めてからはスプリング国でしか暮らした経験がないので、何かと比べてしまう。
ベリーが退室して部屋に一人になると、シルクは先ほどまで身に付けていたポシェットから『女神の日記』を取り出す。
サマー国に来た事により、日記の新たなページが解読できるようになったかもしれない。シルクはベッドに腰掛けると、白い表紙の日記を開く。
思った通り、日記の続きが読める。前世の女神の記録が文字となって今、シルクに伝えたい内容とは何なのか。
(夏の神……ナツくんの事だ)
女神の記述は今のシルクの状況に合わせて、サマー国とナツとの交流について書かれている。
(えっと、夏の神は短気で強引で女好きで変態で、救いようがない男で……ん? なんかおかしい)
いや、日記の内容は確かにナツを正確に書き記している。その内容には激しく同意する。だが、これはどう見ても愚痴だ。女神は愚痴を日記に書いている。
(女神って、こんなキャラだったっけ?)
前世の自分にツッコミを入れるシルクであったが、昔の女神シルクもナツには手を焼いたらしい。これは手強そうな神だ。
(ナツくんは、絶対に女神が愛した相手ではないだろうなぁ)
シルクは未だに、夢の中で抱き合っていた相手……前世の女神シルクが愛してしまったという、たった一人の神が誰なのか分からない。
女神はその答えを記録にも記憶にも残さない。そして女神が伝えたかったのは、ナツが曲者だという事だけではない。
そのページの最後には、こう書き記してあった。
『一人の神だけを愛してはいけない。嫌ってもいけない。世界を救うために博愛を貫くこと』
博愛とは、全ての神を平等に愛すること。
一人だけを愛することは当然ながら、一人だけを嫌ってもいけない。
シルクが世界を救うためには、全員を愛するという『博愛』を貫く道しかない。
ハルと婚約したシルクだが、ナツも同等に愛さなければならないという女神の宿命。
今はまだ、その愛の重さも宿命の重さも、シルクは実感として受け止め切れていない。