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第27話 ビーチの女神

 サマー国に来てから初めての夜に、シルクは夢を見た。


 どこかの海岸の砂浜の前で、シルクは誰かと抱き合っていた。

 これと同じような場面を前に夢で見た。その時の場所はどこかの城だったが、今回は海の前。

 これは夢の中で、前世の女神シルクの記憶を再生しているのだと分かる。だが意識だけは転生後の今のシルクのまま。

 という事は今、抱き合っている相手は女神が過去に恋をした相手に違いない。今度こそ相手の顔を見ようと、少し顔を離して彼の顔を見る。

 褐色肌の逞しい体、赤い髪にオレンジの瞳……つい最近、全く同じ人に押し倒されたような気がする。


(え? ナツくん……!)


 シルクが抱き合っていた相手は、ナツであった。そして、ここはサマー国の聖海の浜辺。

 以前の夢とは感覚が違って、感じるのは愛しさよりも強い罪悪感。これは女神の感情なのか自分の感情なのか分からない。

 ただ、真夏の太陽の熱と彼の視線の熱さが、最後まで強く印象に残った。





 シルクは目を覚ました。部屋の明るさから、朝になったのだと分かる。

 目を開けた瞬間に飛び込む、壁や天井の赤やオレンジの派手な色。照明がなくても目に眩しくて、一気に意識が目覚める。

 シルクはベッドの上でタオルケットをかけて寝ている。薄く目を開けたままで夢の内容を思い出してみる。


(あれはナツくんだった……女神が愛した人ってナツくんだったの?)


 そうであれば意外すぎると思った。どちらかと言えばナツよりもハルの方ではないかと予想していた。

 今までの夢では相手の男性の顔は見えなかった。だが今回はハッキリとナツの顔が見えたのも不思議に思う。


(今までの夢に出てきた人も全部ナツくん? でも、もし別の人だとしたら……)


 前世の女神は複数の神から愛されていたのかもしれない。

 女神は博愛を貫こうとしたが、結局はできなかった。女神の本命は一人。夢の中の罪悪感は、そのせいかもしれない。

 結局、その答えは夢でも日記でも女神は教えてくれないので、過去ではなく今後の事を考えるしかない。


(スプリング国の時は、どうしたら能力が発動したっけ?)


 順番に思い返してみると、ハルと手を重ねた時、そしてキスをした時。能力とは関係ないが、抱擁と添い寝も何度もした。

 博愛を貫くためにはハルの時と同じ行為をするべきなのだろうが、そんな気は起きない。


(早くしないと、ハルくん……心配してるだろうな)


 考えがまとまらないまま、シルクは起き上がってベッドから下りる。オレンジのネグリジェ姿のままで、壁際にある小さなクローゼットを開ける。

 その中には、シルクが元から着ていた白のドレスと、真っ赤な際どいビキニが収納されていた。昨日着るのを拒否したものだ。



 その頃のナツは、今日も朝から海水浴をしていた。ハルとは違って早起きのようだ。


「ははっ!! オレの泳ぎに追いつけるかぁ~!」

「待ってぇ~ナツ様~!!」


 海で泳ぐナツの周りには、水着の若い女性が5人いる。城のメイドや従事者たちだ。

 シルクは砂浜に立って、その様子を傍観している。その目は完全に冷えきっていて睨み据えている。

 あれは、まるでハーレム。国の滅びが近いというのに海で遊び呆けている神とは、いかがなものか。

 そんなシルクの痛い視線に気付いたのか、女性たちが次々と海から上がって城の方へと逃げていく。


「ナツ様、お先に失礼します~」

「あっ、私も失礼します」

「なんだよ、もう終わりか?」


 シルクの視線に気付いていないのはナツだけ。遊び足りない様子で海から上がると砂浜を裸足で歩く。

 ここでようやく、正面で仁王立ちをしているシルクの姿に気付いた。なぜか白いパーカーを着ている。


「よぉ、シルク。オレと遊ぶか?」

「朝から泳ぐなんて、夏の神様は元気で働き者ね」


 無表情のシルクは皮肉を言ったつもりだが、ナツは褐色の逞しい胸を張ってドヤ顔をする。今日もオレンジの海パンが目に眩しい。


「だろ? 遊んで暮らすのが神の仕事だからな!」

「さっきの女性たちも?」

「あいつらは就業時間前だから仕事じゃないぞ」

「……呆れた」


 シルクは本気の怒気を込めて、ため息をついた。ハルを見習って、もう少し危機感を持ってほしいと思う。

 そんなナツは危機感どころか、清々しい笑顔で空を仰ぐ。


「本当にシルクは女神だな。こんな快適な日差しは久しぶりだ」

「え……?」


 シルクも空を見上げるが、真夏の太陽が眩しくて目を細める。

 確かに暑いが、昨日のように頭がクラクラするほどの酷暑ではない。これが本来の夏の気温なのだろう。

 やはりシルクは国に『いるだけ』で季節を安定させる能力が無意識に発動する。だが、それだけでは完全には救えない。

 女神の能力を最大限に発揮するには、国を救いたいという思いと共に二人が触れ合う必要がある。


「でも、こんな大変な時に神様が遊ぶなんて」

「逆だぞ。大変だからこそ遊ぶ。神はメンタルが大事なんだ。だから遊ぶ事がオレの仕事だ」


 それを聞いて、ようやくシルクは理解した。ナツが異常気象の中でも明るく楽しく遊んで過ごす理由が。

 神の心は国の気象に影響する。真面目で思い悩む性格のハルは心が不安定で、スプリング国の気象に影響を与えていた。

 サマー国の気象が比較的落ち着いているのは、ナツが悲観的にならずに常に強い心を保ち続けているから。

 ナツの神としての本気と覚悟を知ったシルクは、自身も覚悟を決めた。


(私はサマー国で遊んで暮らす気はないけど……)


 シルクは着ている白いパーカーの前面のファスナーをゆっくりと下げる。


「分かった。ナツくんとサマー国のために、私も……脱ぐ」

「は……脱ぐ?」


 シルクの突然の大胆発言に、ナツの目と口が大きく開く。

 シルクが自ら脱いだパーカーが、パサッと音を立てて足元に落ちる。

 パーカーの下から現れたのは、白い肌と細い腰、際どいラインと豊満に実った2つの赤い果実。シルクは赤いビキニを着ていた。

 赤を纏ったシルクは頬も赤く染めて、恥じらいの表情で上目遣いをする。


「……私も一緒に遊ぶ」


 その姿と視線は、女遊びに慣れているはずのナツを悩殺するには充分すぎる。

 まずナツの全身を襲ったのは、純白のシルクを自分の色である赤に染め上げたという視覚からくる快感。


 果たしてビーチの女神を相手に、単なる『遊び』で済むのだろうか。

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