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第32話 夏から春へと

 スプリング国の聖樹の花びらは、病気も怪我も治す万能薬になる。

 季節を取り戻して生き返った聖樹の薬なら、神のナツにも効果があるに違いない。

 だが、全ての国と神は他国との干渉を避けて国交断絶をしている。他国への行き来や物資の輸入はできない。

 アラシもそれは分かっているが、なんとか方法を模索する。


「なるほどな……だが、オレは一緒にスプリング国に行けねえ。せいぜい国境とシーズン国までだ」


 どの国も他国へ行くためにはシーズン国を経由しなければ行けない。春夏秋冬4国の中心部に位置するシーズン国には4つの国境あり、全ての国と繋がっている。

 シルクには考えがあり、この提案を実行するにはアラシの協力が必要であった。


「ねえ、アラシさんとサクラさんは恋人なんでしょう?」

「え? あー! そりゃそうよ! サクラちゃんとはラブラブの恋人だぜ!」


 唐突な質問でもアラシは即答した。この反応だと本当に恋人なのかは怪しいが、シルクはわざとアラシの機嫌を取る。


「それなら、サクラさんと連絡取れる?」

「そりゃ当然! いつもデートの約束してるくらいだしな!」


 本当にデートなのかは分からないが、国交断絶の国どうしで密かに連絡を取り合う二人は、思った以上に熱愛かもしれない。

 人の恋路に深くは突っ込まないでおこうと、シルクは本題を切り出す。


「サクラさんとシーズン国で待ち合わせをして、聖樹の花びらを持ってきてもらうって、どう?」


 他国へは行き来できなくても、シーズン国ならどの国の者でも行く事ができる。だからこそ、夏のアラシと春のサクラの逢瀬の場所なのだ。

 この計画には、アラシだけでなくサクラの協力も必要。しかしアラシは急に言葉を濁す。


「でも、サクラちゃんが応じるかどうか……怒ってると思うんだよなぁ」

「え、なんで?」

「強引にシルクちゃんを奪ったからな」


 シルクには強引に奪われた自覚はないが、あれは確かにアラシに拉致されたと思われても仕方がない。

 アラシも恋と仕事の間で苦労している。クールなサクラが怒ったら怖そうだし、少し同情する。

 しかし、ハルやナツに対しての愛しい気持ちを知った今のシルクには、サクラの気持ちも分かる。


「大丈夫。サクラさんはアラシさんを信じてる。アラシさんもサクラさんを信じて」


 信じる者は救われる。まさに女神らしいお告げは、アラシの不安すらも消し飛ばす。


「分かった。迷ってる時間はねえな、すぐに連絡してくる」


 アラシが退室すると、シルクも自室に戻って外出の準備をする。

 シーズン国に行くのなら当然とばかりに、女神の正装である純白のドレスに着替える。手袋だけは外さずに。

 サクラに会うのなら、シルクとアラシの二人で行くべきだろう。どちらか一人ではこの状況を信用してもらうには不十分だ。

 少しすると部屋のドアが勝手に開かれて、アラシが急ぎ足で入ってきた。緊急事態なので仕方がない。


「サクラちゃんに連絡したぜ!」

「サクラさん、来てくれるって?」

「分からねえ。待ち合わせ場所と時間は伝えたから、もう行くしかねえ!」

「分かった、行こう」


 アラシとサクラの連絡手段はメールのような文字のやり取りなのかもしれない。

 何にしても、一刻も早くシーズン国へと行かなくてはならない。もしサクラが来なければ、シルクが一人でスプリング国に入国するしかない。

 アラシは部屋の出入り口ではなく窓へと向かうと、窓ガラスを一気に開けて全開にした。


「シルクちゃん、窓から出るぞ。1階は水没してるからな」

「え? あ、そっか……」


 夜は満ち潮で、城の1階部分は海に沈んでしまう。ここは2階だが、窓から見下ろすと海水はすぐ目の前にまで迫ってきている。

 やはりナツの命が危機に瀕しているため、分身である聖海の異常気象も進行している。このままでは城が沈むのも時間の問題だろう。

 シルクは左手の甲を右手で包んで念じる。その両手にピンク色の魔力の光が満ちていくと、シルクの背中に桜の花びらの形をした羽が生える。


「え!? シルクちゃん、春魔法が使えるのか!?」

「うん。アラシさん、行こう」

「さすが女神だな……」


 アラシはシルクを抱いて飛んでいくつもりだったが、今のシルクは春魔法の桜の羽で自力で飛べる。

 そうして二人は窓から飛び立つ。夜の暗闇の中で月明かりを頼りに、シーズン国を目指していく。


 やがてサマー国の国境に辿り着くと二人は地上に降りる。アラシが魔法で国境の壁に出入り口を作ると、その中を歩いて通り抜ける。

 国境を越えた二人はシーズン国へと入国した。辺りの景色を見回したシルクは、まず安堵した。


(良かった……シーズン国が、美しい春の景色のままで)


 シーズン国は今も廃墟だが、それを覆い尽くす満開の桜、色とりどりの花々、草木の緑に溢れている。

 シルクは自分が目を離した隙に、シーズン国がまた季節を失ってしまうのではないかという不安があった。

 だがシーズン国が春の景色という事は、スプリング国も今は季節が安定しているという証拠でもある。


「シルクちゃん、急ぐぞ。待ち合わせ場所は例の城だ」

「あ、うん」


 例の城とは、シルクが転生して最初に目覚めた場所。崩れ落ちた城の入り口付近の事である。

 その場所を目指していると、遠くに見覚えのある人影を見付けた。長いピンクの髪に、黒いスーツ姿の凜とした立ち姿。思わず二人は笑顔になる。


「サクラさん!」

「サクラちゃ~ん! やっぱ来てくれたんだな!」


 サクラに笑顔はない。二人の姿に気付くと、アラシではなくシルクに向かって駆け寄った。


「シルク様!! ご無事でしたか、何事もありませんでしたか!?」

「え……うん、大丈夫。心配かけてごめんなさい」


 クールなサクラにしては珍しく取り乱している。この様子だとハルはもっと心配しているだろう。

 次に、サクラは赤の瞳で鋭くアラシを睨んだ。その迫力だけでアラシは萎縮してしまう。


「あ、サクラちゃん……やっぱり怒ってる?」


 サクラは目を閉じて心を落ち着かせてからフゥッと息を吐く。次に目を開けると穏やかな目になっていた。


「……いや。あの後、私は冷静に考えた。アラシにもサマー国にも事情があっての事だろう?」


 アラシと繋がっているサクラだからこそ、彼女なりに事情を理解しようとしていた。

 詳しく説明している暇はないが、その気持ちは心強い。おそらくハルだったら感情を優先させてしまうだろう。


「サクラさん、話している時間がないの。早く聖樹の花びらを……」


 シルクが、そう言いかけた時……急に言葉が止まった。背後から包まれた感触に全ての感覚が奪われた。

 ……気付くべきだった。シルクを愛する『神』が見逃すはずがない。神からは逃げも隠れもできないという事に。



「シルクちゃん、無事で良かった。……もう離さないよ」



 後ろから抱きしめられ、耳元で囁かれる甘い声に身も心も溶けそうになる。でも今は、その愛の言葉すらも悪魔の囁きに聞こえる。


「ハル……くん……」



 ハルは今、会ってはいけない人だった。会ってしまえば二度と離さないであろうから。


 シルクを縛るハルの愛の鎖から逃れない限りは、ナツを助けられないのだから。

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