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第33話 ハルの束縛

 サクラは、アラシとシーズン国で会う約束をした時は、いつも誰にも言わずに秘密にする。

 おそらく今回はハルがサクラの様子を見て勘付いたか、それとも愛の勘なのか。

 ハルはシルクを背後から抱きしめながら、横目でアラシを見た。


「アラシくん、君は罪に問わないであげるよ。どうせナツの命令でしょ。見逃してあげるから、サマー国に帰りなよ」


 温厚なハルらしくなく、罪人を見るような目で冷たく言い放った。シルクを連れ去った罪、と言いたいのだろう。

 アラシは何も言い返せない。ナツの側近である彼でも異国の地で神に対抗はできない。

 ハルの表情は見えないが、その声だけでシルクは背筋が凍るような圧を感じた。


(ハルくん……? どうしたの?)


 いつものハルらしくない……シルクはそう感じた。



 アラシをシーズン国に残して、シルクはハルとサクラと共にスプリング国の王宮へと連れ戻された。



 抵抗できないまま城に着くと、シルクは一人で自室に入る。ほんの数日なのに自分の部屋が少し懐かしく感じた。

 サマー国を出た時はすでに夜だったので、今の時刻は夜中に近い。

 ソファに座って呆然と考えていると、部屋のドアがノックされる。返事を待たずにドアが開いてメイドのチェリーが入ってきた。


「シルク様~! ご無事で良かったです! 心配したんですよぉ! 大丈夫でしたか?」


 チェリーは飛びつく勢いでシルクの座るソファの前へと駆け寄る。

 なぜだろうか、チェリーは見ても懐かしいと感じない。


「大丈夫。心配かけてごめんなさい、ベリーさん」

「やだ、もう私の名前を忘れちゃったんですかぁ!? 私はベリーではなくチェリーですよぉ!」

「あ……ごめんなさい、チェリーさん」


 改めて見ても、チェリーとベリーは分身か双子ではないかと思ってしまう。

 チェリーは名前を間違われても特に気にしない様子で、シルクの顔の近くに寄ると小声で内緒話の仕草をした。


「サマー国に行ってらしたんですよね? ナツ様にもお会いしました? やっぱりイケメンですよねぇ?」

「え……う、うん」


 チェリーに他意はなく、単なるミーハー精神。国交断絶で他国へは行けないので興味津々なだけであった。

 だが、シルクはナツの名を聞いただけで心が痛む。


(ナツくん……早く行かないと)


 そんなシルクの焦りを知らないチェリーは明るく微笑む。


「ふふ。ベッドは整えておきましたからね。今夜はゆっくりとお楽しみ下さい! では失礼します!」


 チェリーは深くお辞儀をすると部屋を出て行った。

 ほとんど上の空だったシルクだが、今のチェリーの発言には妙に気になるところがある。


(お楽しみ下さいって? お楽しみ?)


 その言葉の意味を理解するよりも早く、再び部屋のドアが開いた。無言で堂々と入ってきたのはハルだ。

 今ではシルクとハルは婚約者どうしなので、お互いの部屋に無言で入る事自体は気にならない。

 なぜか緊張したシルクはソファに座りながら背筋を伸ばす。何を言われても聞かれても、差し障りのないように答えなくてはならない。

 ハルはまず、座ったままのシルクを正面から抱きしめた。


「シルクちゃん、心配したよ。大丈夫だった?」

「……うん、私は大丈夫」


 やはりハルの温もりは愛しいとシルクは改めて思う。でも恋に溺れる訳にはいかない。

 それに心配したのはシルクも同じ。シルクがハルと国から離れる事で、スプリング国の季節が再び乱れる事を恐れていた。

 ハルはシルクから離れると隣には座らずに、ソファの前で床に片足を突いて跪く。正面から目を合わせて話したいのだろう。


「ナツに何もされなかった? 拉致だけでも許せないね。ナツのやつ……シルクちゃんに何かしたら、ただでは置かない」


 赤い瞳を細めて憎しみを込めるハルの口調は、やはり以前の爽やかな彼とは違う。ゾクリとシルクの背筋が凍る。


(あれ……私、拉致された事になってる?)


 ここまで憎悪に満ちたハルを見ていると、今にもサマー国と戦争を起こしそうで危惧する。

 シルクは、どこまでハルに事情を説明するか迷う。もしシルクが全ての神に博愛を貫こうとしている事に勘付かれたら、そこで終わりだ。

 下手な事は言えない。シルクの言葉は世界の運命を左右する。ゆえに言葉を選ぶのが難しくて、結局は何も言えなくなる。

 口を閉ざしていると、急にハルが立ち上がってソファに座るシルクを強引に抱き上げた。


「え? きゃっ……ハルくん!?」

「ごめん。もう我慢できないよ」


 軽々とシルクを抱き上げると、お姫様抱っこのままで部屋の奥まで歩く。

 綺麗に整えられたベッドの上に、仰向けに寝かされる形で下ろされる。さらに逃さないとばかりに上からハルの体が覆い被さる。

 ここまでくればシルクも分かる。今夜、ハルが一線を越えようとしている事に。


「ハルくん、だめ……まだ、だめ……」

「もういいはずだよ。だって僕たち婚約して……ん?」


 ふと、ハルの視線がシルクの左手に向けられる。その手は手袋に隠されて婚約の紋章が見えない。


「なんで手袋してるの?」

「え、あ……これは……なんでもない」


 シルクは慌てて両手の手袋を外す。そして顔を正面に向けると、ハルの魅惑の赤い瞳が間近でシルクを捉える。


「ねえ、シルクちゃん。外の景色を見た? すごい事になってるんだよ」

「え? すごい事……まさか?」


 スプリング国に入国したのは夜なので、景色はよく見えていなかった。だがシルクは嫌な予感がする。

 まさかスプリング国に再び異常気象が起こって、自然が枯れ果ててしまったのではないかと。

 自分がスプリング国を離れたせいで、国に再び滅亡の危機が訪れたのではないかと。


「桜が満開なんだよ。すごい綺麗だよ。明日はお花見しよう」


「…………」


(ごめんハルくん、それどころじゃない)


 押し倒されて真顔で言われても困る。この気が抜ける感覚は久しぶり。ハルの独特な天然っぷりは変わらずで少し安心する。

 スプリング国が平和になったので、ハルは平和ボケして以前よりも天然が増したかもしれない。

 ……しかし、増したのは『天然』だけではない。

 国の気象は神の心に影響される。ハルがシルクと離れてもスプリング国の季節が安定していたのは、ハルの心が強くなったから。その強さは何からくるのか。


「ハルくん、待って。話を聞いて……」

「ごめん、もう待てない。これ以上は我慢できない」


 ナツにシルクを奪われた事により、そしてシルクと離れた期間によって増幅した、ハルの『独占欲』。

 そして婚約者という絶対的な愛の肩書きがハルの心を強固にさせて、さらには暴走させていく。

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