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第40話 夏のシーズン

 次の日の朝、シルクはスプリング国へと向かうために城を出る。

 その服装は、女神の正装である純白のドレス。それは何色の季節にも染まらない博愛の象徴。シーズン国を通る時には必ず着るようにしている。

 アラシと共に城の外に出ると、目の前の砂浜では今日もナツが女性たちと一緒に海水浴を楽しんでいる。


(朝から……呆れた)


 そう思いながもシルクは微笑んでいる。シルクに浮気するなと言っておいて、自分は女遊びをやめない。

 そんなナツの自由奔放さが、サマー国の季節を安定させる心の強さの源なのだと思ったから。

 シルクの視線に気付いたナツが、急いで海から上がってシルクの元へと駆け寄る。


「よぉ、シルク! 出かけるのか! 腹が減ったら帰って来いよ!」

「……猫じゃないんだから」


 特に門限も決めないナツの大らかさが清々しい。海水に濡れた赤髪も、逞しい褐色の胸板も、真夏の太陽に負けないほど目に眩しい。

 次にナツは、シルクの後ろに控えているアラシに声をかける。


「アラシ、シーズン国まではシルクをよろしく頼むぞ!」

「ナツ様、了解っす! お任せ下さいっす!」


 ビシッと敬礼をするアラシの口調がおかしくて、シルクは吹き出してしまう。ナツの側近というよりも舎弟の雰囲気に近い。

 ナツもアラシも揃って陽気な性格だが、それはアラシのナツへのリスペクト精神なのかもしれない。


 異常気象はなくなり、気温も正常の夏日となったサマー国には、もう移動の際の支障はない。しかもシルクは春魔法で自力で飛べる。

 難なく空を飛行して国境へと着いた二人は、そこから徒歩でシーズン国へと入る。

 その瞬間、シルクの目に飛び込んだ色は一面の緑。肌に感じるのは真夏の日差しと熱気。


「春だったシーズン国が……夏になってる?」


 満開の桜の景色であったシーズン国が、今は緑の草木で溢れている。その樹木を取り囲む黄色は、太陽のように眩しいヒマワリの花々。

 驚くべき事に、シーズン国はたった数日で春から夏へと季節が移り変わった。

 シルクがサマー国を救った事により、シーズン国に『夏』の季節が蘇ったという証でもある。


「こいつは驚いたな……まるでサマー国だ」


 アラシも周囲を見回しながら呟くが、その景色の先にさらに心を動かす存在を見付けた。


「いたいた! サクラちゃ~ん!」


 アラシが手を振ると、遠くの瓦礫の建物の前に立っていたサクラがその声に気付く。

 どういう訳かアラシはサクラと連絡が取れるので、ここで待ち合わせをしていた。

 三人が合流すると、ここから先はサクラがシルクの護衛役となってスプリング国へと同行する。

 アラシはシルクをサクラに引き渡す形になるが、さすがの彼も少し心配になる。


「シルクちゃん、なるべく早く帰ってこいよ。ナツ様は短気だからな」

「……アラシお前、何を言っている? シルク様はスプリング国に帰るんだぞ」


 アラシとサクラの会話が噛み合わない。シルクの婚約は両国で国家機密であり、この二人の仲でも情報は交換していない。

 シルクが慌てて、どうごまかそうかと考えた時、サクラが急に顔色を変えてシルクの方を向く。


「この景色、驚きました。シルク様はサマー国もお救いになったのですね」

「うん。ハルくんのおかげで、ナツくんを助けられたの」

「ですが、今度はハル様が大変なのです。早くお戻り下さい」

「え? ハルくんが?」


 サクラの深刻そうな顔を見たシルクは、今までにない嫌な予感がした。





 サクラと共にスプリング国に入国して城へ着くと、シルクはまず急いでハルを探す。

 執務室にはいない、中庭にもいない、となると自室でまだ寝ているのかもしれない。

 よく考えたら今は朝で、ハルは昼前まで寝てしまう寝坊癖がある。

 ハルの自室へと向かったシルクは躊躇いなくドアを一気に開ける。


「ハルくん!!」


 ハルは大きな窓の前に立って外の方を向いていた。寝間着ではないので寝ていた訳ではないらしい。

 ただ、確かに様子がおかしい。シルクが帰ってきて声をかけたのに無反応。振り向きすらしない。


「ハルくん? ハルくーん……」


 シルクは恐る恐る近付いてハルの背中に呼びかける。耳栓でもしない限り聞こえていないはずがない。

 ハルはシルクが帰ってくるのを待っていたはず。喜んで飛びついてきてもおかしくないのに。

 ハルの無言の背中には怒りのオーラを感じるのは気のせいだろうか。


「ハルくん、ただいま」


 シルクがハルの背中に両手で触れて甘えながら言ってみると、ようやくハルが振り向いた。

 そのルビーの瞳は半月になっていて、口はヘの字になっている。そして一言。


「……すぐに帰ってくるって約束したじゃん」


「…………」


(うわぁ、拗ねてる……)


 子供のようなハルの口調に、シルクは思わず引いてしまった。

 確かにハルとの約束の日から2日ほどサマー国で過ごしてしまった。それは申し訳なく思う。

 天然ボケと平和ボケだけでなく、幼児化まで進行している春の神。平和になったスプリング国に、新たな深刻な問題『児』が発生した。


「ハルくん、ごめんね。でもハルくんのおかげで、ナツくんとサマー国が救われたの」

「……そう、良かったね」

「ナツくんが、ハルくんによろしく伝えてって……」

「あっそ。もう、その話はしなくていいよ」


 ハルはシルクが他の男の話をするのが気に食わない。今度は嫉妬だ。

 あまりハルの感情を乱したくないし、怒らせて外出禁止を言い渡されても困る。シルクにはまだ行くべき国があるのだから。


「あの、それで……また外出しても、いい……?」

「スプリング国内で、日帰りならいいよ。夕飯までに帰ってきてね」


 ナツと同じような事を言う。しかしよく考えてみれば、ハルの提案は名案かもしれない。


(そっか、日帰りで行けばいいんだ)


 1日で国を救えるとは思えないが、他国に長期滞在をする必要はない。春魔法で飛行ができる今なら日帰りは可能かもしれない。

 そんな企みをしていたら、ふわっと桜の香りと春の温もりに包まれた。気付けばハルに抱きしめられていた。


「シルクちゃん、おかえり。ナツに何もされなかった?」

「う、うん……」


(求婚されて、婚約しました)


 ……なんて言えない。知られてしまえば全てが終わる。

 ハルを抱きしめ返す自分の右手の手袋の下に隠された、太陽の紋章……それが背徳の証。

 せめて世界が救われるまでは……全世界が季節を取り戻すまでは罪を隠し通さなければならない。


「寂しくて夜も眠れなかったよ。今夜は一緒に寝ようね」


 ハルの甘えっぷりを見ていると、婚約者ではなく保護者の気分になるのは秘密であった。

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