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第3シーズン【秋】

第41話 秋の国・オータム

 シルクは今、一人でシーズン国に来ていた。

 日帰りなら外出は許されるので、スプリング国の城から春魔法の『桜の羽』を使用して飛行してきた。

 女神の能力で国境の壁は通過できるはず。ならば、一人でも他の国へと行ける。


(秋と冬の国への国境は、どこだろう……)


 夏を迎えたシーズン国は、緑に彩られた廃墟の国。真夏の日差しの中を純白のドレス姿の女神が歩き回る。

 国境の壁はシーズン国を円形に囲んでいて、果てしなく続く上にループしている。

 スプリング国とサマー国の国境の位置はだいたい覚えているが、秋と冬の国の国境の位置が分からない。

 おそらく位置的にスプリング国の反対側の壁だろうと考えて、今は真っ直ぐに突き進んでいる。


(空気が少し冷えてきた気がする)


 遠くに灰色の壁が見えてくると、真夏とは違う冷えた空気を感じた。秋か冬の国の国境が近いのかもしれない。

 その時、前方に微かに人影を見付けた。長い黒髪に黒いドレスの後ろ姿は黒一色で、まさに影そのもの。


(あれは……!)


 シルクの心臓がドクンと警鐘を鳴らす。あれはサマー国の船上でも見かけた、漆黒の女神。

 もう一人のシルクとも言える姿をした女神は、壁に手を突いて光の出入り口を作ると、その中へと消えていった。


(待って! あなたは誰なの!?)


 衝動に動かされたシルクは、その背中を追いかけて駆け出す。黒の女神が通った壁には、魔法の出入り口が消えずにまだ残っている。

 壁に向かうシルクは足を止めずに、迷わず光の中へと飛び込んだ。

 眩しさで目が眩んだのは一瞬で、すぐに壁の先の景色が浮かび上がってきた。

 踏み込んだ足の下の地面は弾力があって柔らかい。水分を含んだ土と落ち葉がカーペットのように敷き詰められている。


(涼しい……たぶん、ここは秋の国ね)


 ここは山道なのか、周囲を見ると葉のない木ばかりが両側に並んでいる。

 季節柄なのか『枯れ木』なのか見分けがつかないが、異常気象を考えると後者だと思われる。


「まぁ。どちら様ですか?」


 山道の真ん中に立っていたシルクの背後から突然、誰かに声をかけられた。

 シルクが驚いて一気に身を翻すと、そこには赤い和服の女性が立っていた。


「えっと、私は……」


 シルクはどう答えるべきか迷う。女神と名乗って信用してもらえるとは限らない。最初のスプリング国でもそうだった。

 その女性はオレンジ色の長い髪に黄色の瞳、さらに赤い和服。派手な色合いだが全てが暗めのトーンで落ち着いている。

 シルクもサマー国で浴衣は着たが、それよりも本格的な和服で、秋の国の民族衣装かもしれない。

 シルクよりも年上の20歳くらいの女性は微笑していて、敵意はないように見える。


「他国のお方のようですわね。秋の国・オータムに、どのような御用でしょうか」


 シルクの珍しい外見を見れば他国人なのは一目瞭然。優しく丁寧な口調にシルクは少し安心した。


「私はシルクです。えっと、女神で……この国を救いに来ました」


 シルクは隠さずに、ありのままを言った。自由に能力が使える訳でもないのに女神を名乗るのは、おこがましい気もする。

 それを聞いた女性は、微笑んだままで両手を前に出す。すると、その手に一瞬にして長い鎌が出現した。おそらく魔法だろう。

 その鎌は死神の鎌の刃を少し短くしたような形状で、武器よりは農具に見える。

 スッと女性の笑顔が消えたかと思うと、鎌の鋭い刃をシルクの喉元に突きつけた。


「女神の名を語る侵入者。大人しくお縄につきなさい」


 シルクは声を出す間もなく、ただ銀の瞳を満月のように見開いた。




 その後、警備隊に囲まれたシルクは、どこかの建物に連行された。

 裏口から入ったので外観は分からないが、連れて行かれた先は石の階段を下った地下の部屋。

 ……いや、部屋ではない。灰色の冷たい石の床と壁、そして鉄格子。ここは地下牢である事は明らかだった。


(これって、逮捕されちゃった? どうしよう……)


 シルクは意外にも落ち着いていた。両手に春と夏の紋章という神の加護を得た心強さもある。

 今までは女神としてハルにもナツにも歓迎されてきただけに、予想外の事態にどうするべきかと考える。

 右手で鉄格子を握りしめていると、その手から発せられた赤い光と熱が鉄の棒を溶かし始めた。


「きゃっ」


 シルクは驚いて右手を棒から離す。鉄の棒の表面は高熱によりドロドロと液体化して煙を立てている。

 両手には手袋をしているが、右手の甲にはナツに焼き付けられた婚約の証、太陽の紋章がある。


(もしかして私、夏魔法も使えるようになったの?)


 夏魔法とは主に熱や炎系。どうやら紋章を得ると魔法も使えるようになるらしい。これも女神だけの能力だろう。

 右手の甲から視線を上げると、いつの間にか目の前にいた人影の黄色い瞳と目が合った。


「きゃあっ!!」


 再び驚いたシルクは、勢いあまって後方の床に尻餅をつく形になった。

 照明が少なくて薄暗い中で、足音も気配もなく目の前に近付いていた。さすがに無感情のシルクでも恐怖を感じる。

 よく目を凝らすと、それは男性のようで鉄格子越しにシルクを凝視している。

 しゃがんでシルクの目線の高さに合わせると、小さな声で話しかけてきた。


「手荒な真似をして、すみませんでした。近頃は警備を強化しておりまして、ご容赦下さい」

「あ、いえ……」


 あまりにも丁寧な口調で話してくるものだから、思わずシルクも床で正座してお辞儀をする。

 男性はオレンジ色の髪に黄色の瞳。先ほど鎌を向けてきた女性と同じなので、秋の種族の特徴だろう。

 さらに彼は銀縁眼鏡をかけていて、流れるような長い前髪で眉が隠れて感情が読み取りにくい。

 知的な切れ目で見据えながら、男性はシルクに問いかける。


「ご無礼を承知で確認させて下さい。あなたは本当に女神シルク様ですか?」


 今ではもう、シルクはこの質問に対して迷いはない。


「はい。私は女神シルクです。この国を救いに来ました。あ、もちろん無償で」


 ここまで言ってシルクは虚しさに気付いた。女神の使命のはずが、何かの営業みたいになっている。

 男性はシルクの下手な返しにふっと笑うと立ち上がった。


「……分かりました、女神シルク様」


 男性は鉄格子の鍵に手をかざして魔法で解錠する。シルクを檻の外へと解放すると、薄暗い中で再び頭を下げる。


「申し遅れました。私の名はアキと申します。秋の国・オータムを治める神です」

「神……様?」


 秋の神との出会いは、まさかの地下牢であった。





 漆黒の女神に導かれるようにして、シルクが辿り着いたのは秋の国・オータム。

 そこは春夏秋冬の4国『季節の国』の1つであり、滅亡から救う3つ目の国となってほしい……とシルクは願う。

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