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第42話 秋の神・アキ

 牢屋から出されたシルクは、先導して歩くアキの後ろに付いて地下牢の階段を上っていく。

 地上に出ると、そこは大きな建物の裏口に出る。視界が明るくなると、ようやくアキの姿が鮮明に見えてきた。

 その服装は紺色の貴族服に見えて、袖は着物風に広がっている。和洋折衷で独特な服だと思った。

 階段を上り終えたシルクは、そこで足を止めてアキに問いかける。


「アキさん。なんで私を女神だと信じてくれたのですか?」


 アキも足を止めて後方のシルクの方を振り返る。見た目は他の神と同じく20歳くらいだろうが、眼鏡のせいか大人っぽく見える。

 アキと顔を合わせた瞬間、シルクは不思議な感覚に包まれた。これはハルやナツと初めて対面した時と同じ。

 愛しいような、懐かしいような……そしてさらに脳裏に先日の夢のシーンが再生される。


(夢の中で、抱き合ってた人……!)


 どこかの山奥で紅葉の景色に囲まれながら抱き合っていた相手。それが今、目の前にいるアキだと確信した。

 前世の女神はアキとも恋愛関係にあったのか、それとも一方的に愛されていただけなのか……。

 夢によって明かされる女神の過去にシルクが戸惑っていると、アキは夢の中と同じ微笑みをシルクに返した。


「その答えをお見せします。どうぞ、こちらへ」


 アキが再び歩き始めたので、シルクもその背中に付いていく。

 建物の裏口から外壁に沿って歩いて正面に回ると、辿り着いたのは城門。建物を取り囲む石の壁は城壁であったと分かった。

 神のアキがいる場所だから王城だろうと予想はしていたが、その建物の全貌を見上げたシルクの目と口が大きく開いてしまう。


「すごいお城……!」


 その建造物は、他国で見てきた西洋風の城や宮殿とは全く違う。真っ白に塗られた外壁と朱色の瓦屋根で、まさに天守閣。

 見上げるほどに巨大な木の門が、アキを待っていたかのように自動的に開いていく。

 中に入ると、そこはエントランスホール……というよりは広い土間だ。


「あぁ、シルク様。靴は脱いでお上がり下さい」

「えっ……あ、はい」


 靴のまま上がろうとしていたシルクは、慌てて靴を脱ぐと2足揃えて置く。

 そして振り返ると、正面の白い壁に飾られている絵画が目に飛び込んできた。

 ここに飾るなら額縁に入った絵画よりも掛け軸の方が似合う気がするが、シルクが目を引かれた理由はそこではない。

 その絵は淡い水彩で描いた人物画。銀色の長い髪と瞳、純白のドレス姿で微笑む女性が描かれている。


「これ……私?」


 思わずシルクが呟くと、その隣にアキが立ってその疑問に答える。


「この絵は私が描きました。度々、夢に出る女性です」

「私がアキさんの夢に?」

「はい、私も驚きました。この女性は女神シルク様だったのですね」


 この絵をアキが描いたというのも驚きだが、それ以上の驚きは二人の夢が共通していたという事。

 外見や名前は偽る事ができるが、この未知の繋がりは偽りのない真実。アキがシルクを女神だと信じた理由が分かった。


「立ち話もなんですから、お部屋にご案内します。どうぞこちらへ」


 さらにアキに先導されて階段を上ると3階の廊下を歩いていく。シルクは裸足で板張りの床を歩くのが変な感じがした。

 そして案内された部屋に入ると、そこは草の香りがする畳の和室。室内には先ほどシルクに鎌を向けた赤い和服の女性がいて、二人を出迎えた。

 女性はその場で正座すると両手を畳につけて、まずシルクに向かってお辞儀をした。


「シルク様、先ほどは失礼いたしました。ご無礼をお許し下さいませ。私はアキ様の側近、モミジと申します」


 シルクは反射的に女性の正面で正座すると同じようにお辞儀をする。


「あ、いえ、私もかなり不審者だったと思うので……」


 干渉を避けて国交断絶をしている4国では、他国の者が入国する事は忌まわしいとされる。誤認逮捕されても仕方がない。

 挨拶だけを交わすとモミジはすぐに退室して、この広い和室にはシルクとアキの二人だけになった。

 背の低い四角い木のテーブルに向かい合って、二人は座布団に座る。テーブルの上にはお茶の入った湯呑みが2つ置かれている。

 まずは二人同時に両手で湯呑みを持ってお茶をすする。重い沈黙の後にアキが静かに会話を切り出した。


「女神シルク様。オータム国に、ようこそお越しくださいました」


 それを聞いたシルクは、まずはこの場の重い空気とアキの口調をなんとかしたいと思った。


「そのシルク様というのは、やめませんか? アキさんも神様でしょう?」


 アキは、フレンドリーなハルとナツよりも神様らしい神様。だからこそ神様に様付けされるのは変な感じがする。

 正確には転生した今のシルクは神ではなく人間だし、それに別の意味での目的があった。


「敬語をやめましょう。私の事はシルクでも何でも。私もアキくんって呼ぶから」

「アキ……くん?」


 アキは目を丸くして大げさに驚いた。くん付けで呼ばれるなんて初めてなのだろう。そして次に口元に拳を当てて上品に笑った。


「ふふ……口調は、お許し下さい。ではシルクさんで」


 これでもアキはかなり譲歩したと見える。

 シルクとしては、ハルとナツにはタメ口なので、アキに対してもタメ口で接する必要があると思った。これは『博愛』の精神。

 今までは相手の方からタメ口を要望されたのに、自分から申し出るのも変な気分であった。やはりアキは今までの神とは何かが違う。


「じゃあ、アキくん。この国の状況を教えてほしいの」

「……なぜです?」


 どうも様子がおかしい。アキはシルクを女神と認めたものの、心から歓迎しているような顔には見えない。

 ハルもナツも最初は女神の能力を必要としていた。それなのに、アキの目は最初から女神としてのシルクを見ていない。


「それは当然、この国を救いたいから……」

「その必要はありません」


 突然の拒否にシルクの言葉が止まる。オータム国が異常気象で滅亡の危機にあるのは確実なはず。

 女神の救いが必要ないとは、どういう意味なのだろうか。

 その疑問に対してのアキの返答で、シルクは違和感の原因を知る事になる。


「滅びゆくのも、また運命。人も神も国も同じ。運命の道を辿る定めなのです」


 アキは自国を救う事を望まずに、『滅び』の運命を受け入れていた。

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