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第43話 秋の国の聖山

 アキの発言を聞いたシルクが感じたのは、驚きよりも怒りよりも、心が締め付けられるような切なさ。

 これは、秋の国でシルクが取り戻しかけている『哀』の感情であった。


「そんな、どうして……」

「この国の状況でしたね。異常気象は長雨による不作、山崩れなどの災害です」


 アキは先ほどのシルクの質問に淡々と答える。その瞳には諦めや悲観の色はない。

 おそらく自然に逆らわずに生きる事が、秋の種族の風儀なのだと感じられる。

 だとすると、これはアキの独断ではなく国民も同じ考えなのかもしれない。


(でも、どうしたら……)


 それでもシルクは国を救いたい。しかし女神の能力は、季節の神の『国を救いたい』という思いと共に発動する。

 シルク一人の思いだけでは国は救えない。なんとかしてアキを『その気』にさせるしかない。

 女神だからと強制や命令はできない。アキの心を動かす方法を探しながら会話を進める。


「そういえば、アキくんの分身は何?」

「……分身、とは?」

「ハルくんは聖樹で、ナツくんは聖海で」

「なるほど、分かりました。ではお見せいたしますので、行きましょう」


 アキは立ち上がると、またどこかへとシルクを案内しようとする。

 百聞は一見に如かず。アキは言葉で説明するよりも実際に見せる方が性に合うようであった。


 二人は来た道を戻り、再び城の外へ出る。城門の外よりもさらに先に進んだ広場で足を止める。

 やはり、ここも最初のスプリング国と同じ。草木は枯れて、土だけの地面は長雨でぬかるんでいる。

 ふと、アキがシルクの方を振り向いてから空を仰いだ。


「やはりシルクさんは女神ですね。素晴らしい能力です」

「え? でも別に晴れてないけど」


 シルクも空を見上げるが曇っていて日は射していないし、良い天気とは言えない。


「先ほど申し上げました通り、長雨だったのです。雨が止んだのは何日ぶりか覚えていません」

「そうだったの……」


 シルクがオータム国に入国した時には、すでに雨は止んでいた。つまり入国した瞬間に雨が止んだのだろう。

 しかし、まだ国を救える規模の能力は発動していないはず。となると、もっと深刻な異常気象が残っているはずだと思った。


「シルクさん、後ろです」


 アキに促されて、シルクは体を反転させる。すると城の正面を向く形になる。ここからだと城の外観を屋根まで視界に収める事ができる。

 シルクの視線は、さらにその後ろに注目する。城の背景となってそびえ立つ一面の赤茶色。それは巨大な山であった。


「山の麓にお城が建ってたの……?」


 驚くべきは場所ではなく、その山の大きさ。横幅は果てしなく、高さも山頂が目視で確認できない。それは、あの国境の壁を連想させる。

 アキは静かにシルクの横に並んで立った。


「はい。あの山が私の分身というべき存在、聖山です」


 その壮大なスケールにシルクは言葉が出ない。ナツの聖海にも驚いたが、アキの聖山も計り知れない。

 しかし、聖山を見ていると何かがおかしい。紅葉と枯れ木と長雨による泥で全体的に赤茶色なのは理解できる。

 気になるのは歪な形で、部分的に崩れかけているようにも見える。今にもこの場所まで山崩れが襲ってきそうで恐怖すら感じる。

 アキは、そんなシルクの複雑な表情と心を読み取っていた。


「この山が崩れれば、私も国も土に埋もれるでしょう。これが現実です」

「そんな……!」


 オータム国の深刻な異常気象とは、長雨そのものではない。長雨による土砂災害であった。

 国を救う気のないアキの心では、山崩れの進行は止められない。もはや時間との戦いなのに、アキとオータム国を救う術が見付からない。

 その時、城の方からゆっくりと人が歩いてくるのが見えた。赤い着物の女性で、近付くにつれてアキの側近・モミジだと分かる。

 モミジは上品な所作で、アキの前で止まり一礼すると両手を揃えて立つ。


「アキ様。会議のお時間が近づいております」

「はい、分かりました。すぐに行きます」


 アキは誰に対しても敬語口調なので、タメ口を貫くシルクとは逆であった。それよりもシルクは会議という言葉にピンときた。


「会議って、もしかして他国の神様と会議するの?」

「はい。今日はサマー国のナツ殿がお相手ですね」

「ナツくん……!」


 シルクは閃いた。太陽のように明るく前向きなナツだったら、アキの枯れた心を変える事ができるのではないかと。

 この役割は、天然かつ感情的になるハルでは不向きだろう。しかも嫉妬深いハルにオータム国にいる事を知られたら戦争になりかねない。

 ここはナツの力を借りようと思った。


「アキくん、お願い。私もナツくんとお話がしたいの。ナツくんとは、その……親しいので」


 まさかナツと婚約しているとは言えないが、強引にでも会議に参加しようと必死になる。

 そんなシルクとは裏腹に落ち着いているアキは微笑して頷いた。


「はい。シルクさんのお望み通りにいたします」


 アキが女神であるシルクの願いを聞き入れるのは当然。流れに身を任せるアキらしい対応であった。

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