城へと戻ったシルクとハルとモミジの3人は、その足で会議室へと入った。
ここも和室で、12畳ほどの畳の真ん中に四角い座卓と赤い座布団が1つ置かれている。
正面の壁には真っ白な大きい掛け軸が掛かっているが、あれが映像を投影するスクリーンなのだろう。
会議の流れはスプリング国の時と同じ。一対一のリモート会議で、まずは両国の側近どうしの会話から始まる。
(サマー国の側近という事は、アラシさんね)
シルクはアラシを思い出して心配になる。相手がサクラならまだしも、モミジにあのテンションは通用するのだろうか。
モミジが静かに座布団に座って正面を見ると、掛け軸に映像が投影される。映し出されたのは当然、真っ赤な髪のアラシだ。
「よぉ~モミジちゃん!! 元気だった~? 最近どうよ!?」
今回も画面から飛び出てきそうな勢いで迫るアラシの笑顔。それを見たモミジとシルクは同時に目が据わった。
(うわぁ……アラシさん、モミジさんにまで同じノリで……)
前回の時は相手がサクラだったからテンションが高いのかと思っていたら、そうではないようだ。
アラシは相手が誰だろうがチャラい。その博愛の精神は見習いたい。どちらにしても会議には相応しくないノリなのは確かである。
モミジは口に手を当てて上品に笑う仕草をした。しかし目は笑っていない。
「ほほ……お元気ですこと。ではアキ様に代わりますわ」
笑ってごまかした。モミジはアラシと一切言葉を交わさずに会話をバッサリと打ち切った。さすがは切れ味抜群の鎌使い。
まぁ、アラシとは相性が悪そうなので仕方がない。果たしてこれが会議として成り立っているのかは疑問に思う。
次はいよいよアキとナツの対話になるが、動こうとしたアキの前にシルクが立った。
「アキくん。私が最初にナツくんと話したいの。いい?」
「はい、お先にどうぞ」
アキは嫌な顔ひとつせずに了承した。女神だからという訳ではなく、元から譲る精神があるのだろう。
神どうしの会議に女神が割って入るのは反則だと思うが、最初にナツに釘を刺しておかないと暴走されては困る。
モミジに代わって、シルクが座卓の前の座布団に座る。正面の掛け軸を見るとアラシは退場して画面上には誰もいない。
(ナツくん……)
座卓の上に両手を置き、無意識に右手の甲の上に左手を重ねた。手袋をしているので外から紋章は見えない。
やがて、画面外の横からスッとナツが登場した。そのナツの姿を目にしたシルクは座卓に突っ伏した。
……嫌な予感はしていたが、前回と同じ。ナツは裸で現れた。
「ん? あ~!! シルクじゃねえか!! お前、なんでそこにいるんだよ!?」
「ナツくん! あなた、なんで裸なの!?」
「あ? オレは海水浴の最中だったんだよ! そんな怒るなよ!」
普通は怒る案件なのだが、予想はしていた。海水浴の合間に会議に出席するのは毎回の事なのだと。そして裸ではなく海パン姿の半裸である事も。
しかし映像は上半身しか映っていないので単なる露出狂に見える。
ふと、会話を見守るアキとモミジの様子を横目で見るが、二人は座布団に並んで座っていて冷静沈着。おそらく慣れているのだろう。
「ナツくん、お願いがあるの。アキくんに気合いを入れてあげてほしいの」
「なんだそれは? アキが陰気なのは性格だから直らねえぞ」
何気にナツはサラッとアキをディスっている。シルクは少しヒヤヒヤとしながらも、ナツを誘導しにかかる。
(ナツくん、あんまり下手なこと言わないでよね? 大丈夫よね、私の下僕だもんね……あれ?)
シルクはナツを『婚約者』と間違えて『下僕』と脳内で言い切ってしまった。交わしたのは婚約の儀式であり、下僕の契約ではない。
それほどに従順なナツは、今ではシルクの下僕と言っても間違いではない。
ナツとの婚約は国家機密の扱いなので、ナツの口から語られる心配はない。心が広く細かい事は気にしないナツの性格が助かる。
「ナツくんが活を入れてあげれば、アキくんは前向きになると思うの」
「まぁ、シルクの頼みなら……」
「ありがとう、ナツくん。すごく頼りになる」
あまり乗り気でないナツにもうひと押しの活を入れるために、シルクは上目遣いで可能な限り小声で囁いた。
「……そういうところが、好き」
「よぉっしゃぁ! 分かった! 任せとけ!!」
ナツはしっかりとシルクの小声を拾った。音声マイクがあったとしても確実に届いてなさそうだが、愛の聴力だろうか。
単純明快なナツを見ていると、シルクは自分が悪女……悪女神になっていくような気がして申し訳なく思う。
それでも決して偽りの感情での発言ではない。シルクは素直にナツを好きだと思う。
「じゃあ、アキくんと代わるから、よろしくね」
「よーし! 来い、アキィ!」
(……本当に大丈夫かなぁ……)
まるで臨戦態勢のようになってしまったナツに不安を感じながらも、シルクはアキと席を代わる。
今度はシルクが画面外に出て、少し離れた場所にいるモミジの隣の座布団に座る。
モミジは微笑して隣のシルクに小声で話しかける。
「ふふ、さすがはシルク様です。今日の会議は見ものですわね」
(……なんか恥ずかしい……)
季節の神は互いの干渉を避けているため、会話できる時間は数分と決められている。
まさに神頼み。数分の勝負をナツに託したシルクは固唾を呑んで会議を見守る。