秋の神・アキと、夏の神・ナツ。神どうしのリモート会議が始まった。
アキはナツの半裸を見ても全く動じずに真っ直ぐ見据えている。シルク以上の無感情かもしれない。
「ナツ殿は相変わらずのようですね」
「おぅよ! サマー国に平和が戻ったからな、毎日が楽しいぞ~! オータム国は相変わらずアレか、崖崩れで死にそうなのか!」
正座をして会議を見守っているシルクは、膝の上に乗せた両拳を力いっぱい握りしめた。
(ナツくん、言葉を選んでよ! しかも、それって単なる自慢話!)
そんなシルクの心の怒声は、遠いサマー国にいる映像のナツには届かない。
「まぁ、そんなところですね。それでナツ殿は筋肉自慢ですか」
アキとしては、半裸で会議に出席したナツへの嫌味のつもりだろう。だがナツは一貫して満面の笑顔で返す。
「あぁ! どうだ、この鍛えられた筋肉!!」
ナツはボディビルダーのようにポーズを取り始めた。褐色肌の健康的な胸筋が目に眩しい。日々の海水浴の賜物だろう。
ナツの暴走が始まったので、これはもう会議ではない。きっと彼はもう本来の目的を忘れている。
シルクは遠い目をしながら静かな怒りをナツに向ける。
(ナツくん……あとでお仕置きね)
シルクは女神様ではなく女王様になりかけている。お仕置きは、むしろナツが喜びそうでもある。
その時、アキが大きくため息ついた。クールなアキでも、さすがに我慢の限界なのだろう。
かと思うと、アキは着物風の服の襟を両手で掴むと一気に腰まで下げた。
「きゃあっ?」
シルクは思わず小さく叫ぶものの、ナツの半裸で見慣れたせいか目は隠さなかった。
曝け出されたアキの上半身は、見事な胸筋と割れた腹筋。ナツほどではないが芸術的な細マッチョである。
「ふふ。甘いですよ、ナツ殿。どうですか、私も鍛えているのです」
「ふーん、なかなかやるな。だが、まだまだ細いな!」
この二人はドヤ顔で何を競っているのだろうか。ナツならまだ分かるが、アキは絵を描くので『芸術の秋』のインドア派のイメージが強かった。
まさか普段から筋トレをしているなんて……とシルクが考えたところで『スポーツの秋』という言葉が思い浮かんだ。
褐色肌の健康的な夏マッチョと、美肌の芸術的な秋マッチョ。半裸の神様二人を見つめるシルクの目は無感情で冷えきっている。
「太ければいいというものではありませんよ。芸術とは美しさです」
「あー!? 肉体美はオレだろ! なぁ、シルク!?」
(……私に話を振らないで)
画面外にいるシルクに話しかけるナツだが、シルクはもう婚約を隠すどころか他人のふりをしたい。
とにかく、この筋肉自慢大会を終わらせたい……と思ったところで、モミジが静かに立ち上がった。
「お取り込み中、申し訳ありません。お時間ですわ。会議を終了してください」
さすが、アキの優秀な側近。モミジはキッチリと時間を計っていた。神どうしの長話は許されない。
しかも神々の暴走にも動じずに微笑んで対処する芯の強さは惚れ惚れする。……目は笑っていないが。
「よーし、アキ。最後にこれだけは言っておく」
「なんでしょうか」
最後の最後、ナツの言葉に期待するしかない。シルクは姿勢を正して婚約者もどきを見守る。というか、二人とも早く服を着てほしい。
「シルクに手を出したら殺すぞ」
(……神様が笑顔で殺人予告しないで……)
殺人というか殺神。ナツに期待した自分が愚かだった。確かに刺激的な会議ではあったが、アキの心を前向きに動かしたかどうかは分からない。
そんなナツの発言に対して、アキは別の何かが気になった様子でいる。一瞬にしてアキの目が鋭くなり攻撃的になる。
「なぜですか? ナツ殿はシルクさんと、どのようなご関係なのですか」
「ふん、教えてやる。シルクはオレの婚……」
「わぁぁああ!! ナツくぅぅん!!」
シルクは大声でナツの声をかき消しながら大慌てで立ち上がると、ナツの映る画面に向けて右手を突き出す。その右手の甲には太陽の紋章がある。
するとシルクの開いた右手が赤く発光して、手の平から炎のように燃え上がった魔力が熱光線となって放たれる。
その光線は通信を遮断して、さらにナツを投影していた掛け軸を一気に燃やし尽くした。
……ナツも、自分がシルクに与えた夏魔法で消されたのなら本望だろう。
消し炭となった掛け軸を目の前にしても、アキもモミジも全く動じていない。それどころかモミジは微笑んでいる。
「……お見事な強制終了ですわ、シルク様」
モミジは、長引いた会議をシルクが終わらせてくれたのだと勘違いした。
それにしてもナツは危ない。秘密を厳守して簡単には口を割らないが、簡単に口を滑らせる。
果たしてこれが会議と呼べるのかは分からないが、どの国も国交断絶していても最低限の交流を保っている。
きっと、その僅かな繋がりが全世界を成り立たせているのだと感じられる。
気付くと、シルクの目の前にアキが立っていた。すでに服はしっかりと着ている。
「さて、もうお昼時です。よろしければ、ご一緒にお食事しませんか」
「あ、うん……」
シルクは食事の誘いを受けた。何にしてもアキとは、もう少し話してみたい。
アキが前向きに国を救う気持ちになる方法を探りたい。そのためには、まずアキとの距離を縮めたいと思った。