「それではドレスが必要となりますね。今からですと日数的にも足りませんから既製のものをアレンジするくらいでしょうか。それでも少し厳しいかもしれませんのですぐにでも服飾店へ見にいった方がよいでしょう」
クラリスが祖母の誕生日パーティーの話をすると、キースはすぐにクラリスの置かれている状況を察知して話を進める。
しかし既製のドレスはともかく、アレンジまでは必要ない。騎士団との契約でポーションや魔法薬の作成代をもらってはいるものの、さすがにそこまで掛けられるお金はない。
「とりあえず見苦しくない程度で大丈夫ですので、既製のドレスを買えることのできる服飾店をご紹介していただけますでしょうか?」
できるだけ手頃なという言葉を飲み込んでキースに顔を向けると、なんとも微妙な表情をしていた。
「……あの、ええと、もしも代金の方が足りなければ貸していただければ、少し時間は掛かると思いますが必ずお返ししますので」
指をもじもじと動かしながら伝えると、なぜかキースとイグノーは顔を見合わせため息を吐く。そして二人でしめしあわせたように声を合わせて言った。
「その必要はありません」
「そりゃあねえよ」
「え……?」
首を傾げて二人をみると、イグノーはからかい顔でキースに「前途多難だなあ」と言い、キースはその手を黙って叩いた。そしてクラリスの手を取る。
「クラリス嬢、とにかく時間もありませんし、善は急げです。今から出掛けましょう」
「え、え?」
「ダイムに馬車を用意させますので、支度をしてきてください。今から二十分後に正面玄関に来て下さい。いいですね。〝音鈴〟ダイムへ、走れ」
「ええ、ええ?」
キースが〝ベル〟を起動させると〝狼〟がするりと現れ彼の言うとおりに一目散にダッシュした。そしてクラリスの体を反転させると「さあ、クラリス嬢も急いで支度を」と急かし出した。
クラリスは元々の性格もあるが押しに弱い。早く、早くとぐいぐい押されると、ついついそうしなければいけない気がしてしまう。
特に早く決めなければいけないと思っていることだけに、結局キースに言われるがまま部屋に戻り慌てて支度を始めた。
クラリスが小走りで部屋に戻っていく後ろ姿を見つめながら、キースはダイムに馬車の用意を告げた。〝ベル〟がキースの手の中に戻ったところでイグノーが声をかける。
「んで? どこから聞いてたんだ」
「イグノーが交換条件と言い出したあたり」
しらっと答えるキースに軽くチョップをするような仕草をする。
「じゃあ最初っからじゃねえか。早く出てこいよ。本当に気配が読めねえやつだなあ」
キースの耳はいい。
しかも鼻の利かないイグノーに比べ、鼻もよいため本気で気配を隠そうとすれば騎士団本部全体でキースの右に出るものはいない。
「いや。あまりの内容の酷さに、あのままクラリス嬢の前に出たら彼女の目の前であっても家族への毒を吐かずにはいられないと思った」
「あー、たしかに。嬢ちゃんが言葉を選びながら言ってても、ムカついたもんなあ。いったい嬢ちゃんの家族ってのはどうなってんだ?」
「おそらくは妹が無意識に垂れ流している魅了魔法が原因なんだと思う。たいしたものではないから、魔力が高いものには効かないが、長く浴び続けていたり好意を持った相手だったりしたのならば、そうそうとけることはないだろう」
「なるほどね。それも麻薬か媚薬みてえなもんなんだろうな。……ところで、お前は〝デプラ〟の香木のことはどう思う? トリブラ畑ん時のビエゴたちの酩酊して動けなくなった様子からも、俺にはアレしか考えられねえんだが」
イグノーが顎をクイッと上げて、どうだ? と、キースは目を瞑り右足をトントンと動かした。
「可能性の一つだとは思う。しかしそうなると自分だけが彼らとは違う行動を取ったのはなぜだ? 酔って意識をなくしたわけでもない……」
「理性はなくしてたな」
キースがムッとした顔でイグノーを睨む。それが楽しいのか、イグノーはキースの肩をバンバンと力強く叩きながら、鉄面皮が剥がれたのだけはいいことじゃねえかと笑う。
「ま、とにかく引き続き調べとくわ。キースの症状もだが、〝デプラ〟が
そう残してイグノーは軽く手を振るとまたどこかへと行ってしまった。キースは当然だというように耳を澄まし、クラリスが階段を下りてくる音を聞きながら正面玄関まで急いだ。
キースにエスコートされてクラリスが騎士団のマークの付いた馬車を降りると、目の前の光景に驚き目を丸くした。
「……キース様、あの、こ、ここは……⁉」
「クラリス嬢のドレスを買う服飾店ですが」
あっさりと言われて、はいそうですかと簡単に頷けるような店構えではなかった。王都の一等地、馬車が三台はすれ違えるほどの広い大通りの角地にそびえる豪奢な建物。そのショーウィンドウには最先端らしき美しいドレスが飾られている。
クラリスは一瞬息を呑んだ後直ぐに振り返り馬車の扉を掴んだ。
「クラリス嬢?」
「ここは無理です、本当に無理です! こんなにも高そうなお店でドレスを買うだなんて、絶対にお支払いができません!」
ぷるぷると頭を振るクラリスに、キースは静かに手を差し伸べる。
「大丈夫です。こちらの店は騎士団とも懇意にしているところで、いろいろと便宜をはかっていただいている店ですから無理なものを勧めることはありませんし……ここだけの話ですが、ツケもききます」
クラリスの耳元、いたずらっぽい声でこそっと付け足した。本当だろうかと振り向いてみたが、やはり見るからに高価な店構えに怖じ気づいてしまう。
「ほ、本当です、か?」
「勿論です。それにこの店ほど既製のドレスを多く扱っている店はありません。ここまで来たのですから早く決めてしまいましょう。さあ、クラリス嬢」
どちらにしてもドレスがなければ祖母の誕生パーティーに顔を出すこともできない。王都のどこにどんな店があるかも知らないクラリスは、少し迷いながら意を決してキースの手をとった。
そうして店内に入ると、やはり自分の考えは正しかったのではないかと思いズンッと気持ちが重くなった。
(なんだか見たこともない美しいドレスばかりなのだけれど……)
「まあ、ようこそいらっしゃいませ。本日はどういったご用でしょうか」
「マダム・ローズリー、今日はこちらのご令嬢のためのドレスをお願いしたいのだが、少しばかり急ぎなので既製のドレスを見せてもらえないだろうか」
ガチガチになりながら店内を見回すクラリス。それなのにキースは奥からわざわざ出てきた店主マダム・ローズリーという華やかな女生と慣れた様子で会話を交わしている。
「あら。あらまあ。それでしたらどうぞこちらへ。ゆっくりとご覧になっていただけますわ」
そう言って特別豪華な扉の部屋へと通された。
「え? え、え、えええ……っ⁉」
クラリスは両手両足、どうやって動かしたかわからないほどに硬くなりながらもキースに手を引かれるがままその後についていった。