「それではこちらのドレスはいかがでしょうか? 定番のレースですが袖口や裾からちらりと見えるのが可愛らしくてお似合いですわ。それとも少し派手めなのものがよろしければ、こちらの肩口を大きく開いたものなども人気ですが」
にっこりと、それでいて軽い圧を感じるほどのマダム・ローズリー言葉に「はい、はい」と頷くことしかできないクラリス。
キースは次々と提案されるドレスを全てチェックしながらさばいていく。色やデザイン、その他いろいろと話をしながらドレスを見ていたのだが、どうやらキースが満足するようなドレスがないようだ。
クラリスはもうとっくにどんなドレスでも……いや、一番安いドレスをという気持ちになっているのだが。
顎に手を置き何かを考えていたキースが、ふっと思いついたように口を開いた。
「ショーウィンドウに飾ってあったドレスを持ってきてもらえないだろうか」
(うんっ、……ぐ、んっ。い、今なんておっしゃいましたか? キース様⁉)
キースの求めに一瞬間が空いた。しかしマダム・ローズリーはクラリスの方を上から下までジッと見ると「承知いたしました」と言い、店員にあのドレスを運んでくるように伝えた。
そうして部屋に届いたそのドレスは、柔らかく軽い生地がこれでもかとふんだんに使われ美しいドレープを描いている。薄いピンクと濃いピンクのグラデーションで移っていく様はまるで大輪の薔薇が咲き誇っているようだった。
ほうっと見蕩れているとキースと店員たちにうながされて続き部屋の扉をくぐる。
それからあれよあれよという間、気がつけばそのピンクのドレスを試着していた。
鏡越しに映るドレスはとても綺麗で、お手伝いをしてくれている店員たちは皆「まあ素敵ですわ」と言っている。
(本当に素晴らしいドレスだわ……でも)
それだけにクラリスは自分には似合わないと感じていた。
『ピンクはビアンカの色だからクラリスは他の色を選んでちょうだい』
母親からそう言われるたびに美しいものを一つも与えられなかったのはクラリスが可愛くないから、似合わないから。自分でもそうでも思わなければ悲しくてビアンカを妬んでしまいそうで嫌だった。
こんなにも素敵なドレスで身を包んだとしても、その思いはそう簡単に消えることはない。むしろ着てしまったからこそ似合わないと言われることが怖いと思う。
ドレスにあうようにとお手伝いに軽く髪をアップにしてもらいキースの前に出る。
いったいキースはどう思うだろうか? やはり似合わないと落胆するだろうか?
胸の動悸を抑えるように深呼吸をしてからキースの待つ部屋へと入る。しかし不安が先に立ってしまい、顔は下を向けたままだ。
「まあ! なんてお似合いなのかしら。まるで薔薇の妖精のようですわ」
マダム・ローズリーが大げさなほど声をあげるが、キースの声は全く聞こえない。
(ああ、やっぱり似合わないのね……。キース様の声がしないのがその証拠なのだわ)
唇を噛みしめていないと涙が出そうだ。
「ほら、キース様。声も出せないほど見蕩れていないで、なんとかおっしゃってくださいな。お嬢様もお待ちしていますよ」
マダムの催促の声に、んっ、ん。という咳払いの音がした。
「クラリス嬢……とても、素敵です」
「あ、の……本当に?」
「その可愛らしい姿を、もっとよく見せていただけますか?」
クラリスはすぐにでも引っ込みたいと思う気持ちを少しだけ抑えておそるおそる顔を上げる。そしてキースと目が合った。
「やはり、大変クラリス嬢に似合っています」
キースは青い瞳を細め、顔をほんのりと赤く染めていた。おそらくクラリスも同じように赤くなっているだろう。二人ともお互いの姿に見蕩れてしまっていた。
見つめ合う二人の姿を見ている店員たちは微笑ましく思うも、マダムの仕事はここからだ。パンパンッと手を叩いて皆を正気に戻す。
「とてもお似合いですが少々調整が必要ですわ。お嬢様はとても細くていらっしゃるので、背中をほんの少し詰めましょうか。さあ、あなたは靴を選んで持ってきてちょうだい。そうそう、キース様の背に合わせてヒールがもう少し高いものをお願いね」
「あ、あのっ、あまりお構いなく……」
マダム・ローズリーの言葉に店員が動きだす。その機敏で一糸乱れぬ連携は、クラリスが見学した時に見た騎士団の動きに似ていた。
クラリスの遠慮する言葉は掻き消され、即座にキースから離されて元の続き部屋へと連れていかれる。そこで細かい調整がおこなわれた。
「ウエストの調整がなくてよかったわ。わたくしこのウエーブを出すのに完璧なウエストサイズを変えるつもりがなかったから、サイズが合わなければお断りするつもりでしたのよ」
ホホホ。と笑うマダムがあまりにも楽しそうだったのでそれ以上口を挟むことができなかった。背中にピンをいくつも刺していくマダムに声をかけようと体をねじろうとするも「前を向いていらしてね。ドレスに皺が寄ってしまうわ」と言われてしまう。
やむを得ず前を向いたままで声をかけさせてもらった。
「お手数をおかけいたします。……でも、そこまで丁寧になさらなくても大丈……」
「とんでもございませんわ。美しい淑女が輝けるためのドレス。それがわたくしどものサロンのモットーですの。今回はお嬢様のご要望をうかがえなくて申し訳ないほどです」
手を休めることなく答えるマダム。瞬く間にドレスの直し部分の仮止めが終わった。
「こちらでお直しをさせていただきます。本来ならば完成したドレスをお住まいまでお送りさせていただくのですが、先ほど聞かせていただきましたが騎士団本部にいらっしゃるということでしたので、当日はこちらのサロンでお支度をさせていただきますわ」
確かに騎士団本部でこのドレスを着るのは難しいだろう。さすがに誰かの手を借りずに着られるとは思えない。
「ありがとうございます、マダム・ローズリー」
キースの紹介があったからこそこれほど素敵なドレスが着られることになったし、彼に褒めてもらったことでクラリスの上に乗っていた感情の重しが一つなくなったような気がしていた。
(だから少しくらい高くても頑張ってドレス代を払わなくては……! せっかくキース様が似合っているって言ってくれたのだから)
頑張ろうと両手に力をいれているとマダムがどうしましたかという様子でクラリスを見た。クラリスは感謝の気持ちを伝えようと感じたままに口を開く。
「あのっ、本当にこんなにも素敵な既製のドレスがあるだなんて思いもしませんでした。マダム・ローズリーのサロンは凄いお店なのですね」
「……ん…………既製? あっ、ああ。そうね。ええ、まあ。本当にお嬢様にお似合いのドレスがあってよかったですこと。……ほほほ、少し失礼いたしますわ。皆、後はお願い。わかっているわね」
慌ただしく答えたマダム・ローズリーはそのまま続き部屋の方へ戻っていってしまった。
クラリスは、今の間はなんだったのだろうかと思いながらも、店員たちの手によって流されるように次の支度へ整えられていった。
(あれ? え、ちょっと……これはいったいなんなんですかー⁉)