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第30話 エスコート

 華やかなピンクのドレスに身を包み、髪はハーフアップにまとめられた。そこに散りばめた真珠の髪飾りが朝露のように光る。鏡の中に映る薔薇の妖精のような姿に、クラリス自身驚きを隠せない。

(え……本当にこんなにも変わるもの、なの?)

 ドレスや髪飾りだけのおかげではない。長い睫に縁取られた温かみのあるブラウンの瞳に透明感のある白い肌。そして艶のある唇。全てが自分のものだとは思えなかった。

「いかがでしょうか、お嬢様? 満足いく仕上がりになっていますでしょうか」

「ええ、はい。まるで私ではないくらい、とても素敵です」

 ふわふわとした気分のまま答えると、マダム・ローズリーは笑って返す。

「ほほほ。お嬢様が最上級の素材でしたから、ほんの少しお手伝いをさせていただいただけですのよ。今日はわたくしも本当に楽しませていただきました。そのお礼と言ってはなんですが——」

 と言って控え室へ続く扉を開けた。

「……あ」

「クラリス嬢、お待たせいたしました」

 そこにはいつもの騎士服とは違い、濃紺に銀糸の刺繍が入った上着と右側を上げてセットした髪型のキースが白い手袋を手に立っていた。ただでさえ端整な顔がより凜々しく、美しく見える。

「ああ、やっぱりそのドレスを選んでよかった。貴女の可憐な美しさをいっそう輝かせますね」

 着飾ったクラリスを見ると、キースは優しい眼差しを向ける。その表情にクラリスは思わず見蕩れてしまい言葉が何も出せなかった。

(いいえ、いいえ。間違いなく、美しいのはキース様の方です……!)

「わたくしからのプレゼントですわ。こちらも素敵にラッピングできましたでしょう?」

 いたずらが成功したように笑うマダムをちらりと見て少しだけ眉を顰めたキースの様子に、クラリスはこれは予定外のことだったのではと心配する。

(もしかして、マダムが無理を言ってキース様にきてもらったのかしら……)

 それならば申し訳ない。忙しいキースの時間を割いてもらうなど、と言おうとすると、マダム・ローズリーはキースの肩に手を置き呆れたような声を出した。

「この方はね、お嬢様のエスコートをするのに騎士服で行くつもりだったのですよ。本当にあり得ないでしょう?」

(え……?)

「ですからわたくしが朝からお呼び出しして支度をいたしましたの。それこそ上から下までびっしりと完璧にね!」

 確かにマダムの言うとおりとんでもなく格好良くなおかつ色気がある。多くの貴族を知っているであろう助手たちもキースのあまりの美しさにぽっと顔を赤らめている。

 しかし慣れない格好がむずがゆいのか、キースは目を少し細めて渋い顔を作った。

「騎士服は公式行事でも着用する正装ですよ。何の問題はありませんが」

「何をおっしゃるの! もうっ! わたくしの作ったドレスの横にあんな野暮ったい服なんて信じられないですわ」

 ガミガミと怒るマダムをはいはいと軽くいなしてキースがクラリスの前にやってくる。そして右手を差し出した。

「クラリス嬢、すみません。お迎えに行くはずだったのですが予定が変わってしまいご迷惑をおかけいたしました」

「あ、の……いいえ。キース様、私こそ……」

 キースにエスコートをしてもらえないと思ってしまい、すみません。そう思ったにもかかわらず言葉にできなかった。

 それを口にしてしまうと、自分がキースとどれだけ一緒に行きたかったかということが彼に知られてしまうと感じたから。

 もじもじとしてなかなかキースの手を取ることができないクラリスに、キースは眉を少しだけ下げた。

「クラリス嬢? やはりこの格好は似合いませんか?」

「……っ⁉ いいえ、まさか!」

 あろうことかキースは、この誰が見ても間違いなく満点を出すだろう正装が気になって仕方がないらしく、首元をくいくいと動かしている。

「本当にお似合いです。濃紺の上着がキース様の銀髪を引き立てていますし、なによりシャープな輪郭がキース様の〝狼〟を連想させて、とてもともて格好よくて、素敵で……」

 慌ててどれだけキースに似合っているかを力説していたら、試着室で忙しく片付けをしているはずの音がいつの間にか静かになっていた。

「あ……ら?」

 周りに目を向けると、なぜか皆が手を休めてクラリスを微笑ましい表情で見ていた。

 くるりとキースに振り向きなおると、表情が見えないように手で隠していたが、その顔色は真っ赤に染まっていた。

「その……ありがとうございます。頑張ったかいがありまし、た」

「いえ、私こそ、あの……語りすぎてしまって……」

 しばらくの間そうしてもじもじしていた二人だが、マダム・ローズリーの生暖かい目と「早くわたくしのドレスを見せにいってらっしゃい」という言葉に押し出され誕生日パーティーの催されるリバリュー子爵家へと向かった。


 リバリュー子爵家へと到着すると早速クラリスの祖母であるサンドラの誕生パーティーの会場へと案内された。

 華やかではあるが派手すぎず、招待客も思っていたよりは多くはない。クラリスの初めての社交としてはむしろ好都合なほどだった。

 向かう馬車の中でキースは、『なにか困ったことがあれば自分が側にいますので安心してください』と言ってくれた。隣に頼りになる人がいるということはとても安心できる。

 それが一緒にいてホッとできる人ならばなおのことだ。

 おかげであまり緊張はしなくてすむのかも、とクラリスは考えていたのだが、あいにくとそれが単純すぎたというのはパーティー会場へ一歩足を踏み込んだ時に知ってしまった。

 キースのエスコートで移動する度に囁く声が聞こえる。時には、きゃあ! とはしゃぐような黄色い声まで。

 招待された女性たちが皆キースの一挙手一投足に目を惹かれているのがわかる。

 しかし当の本人といえばそんな秋波などお構いなしにクラリスだけを見つめている。

「クラリス嬢、さっそくですがお祖母様へ挨拶に参りましょうか」

「え、ええ。そうですね。……キース様、その、少し手が……」

 このアリアテーゼ王国での婚約者や夫婦以外の男性によるエスコートと言えば男性の手にそっと女性の手を重ねる程度のものだ。しかしキースはクラリスの手をしっかりと握りしめている。

「クラリス嬢が人波にのまれてしまわないよう、自分が責任を持っていますので」

 大丈夫ですよ、とニコリと笑い掴む手にさらに力が入る。

「そう、なんですね。あ……はい」

 自信満々に言われてしまい、一瞬そういうものかと思わされてしまう。パーティーは始まったばかりで招待客の数はまだまだまばらなのに、だ。

(嬉しいのだけれども、やっぱり恥ずかしいし……)

 そのうえ周りの様子を見るにそういうわけでは全くないらしい。キースにうっとりとした視線を送る女性や、そこからクラリスをうらやましそうに向ける視線にいたたまらなくなる。

 とにかくこの場から少し離れたくてクリスはキースの言うとおり祖母の姿を探した。


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