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第48話 〝お護り様〟の所有者

 クラリスとキースは調合室へ寄っていくつかの薬を手にすると応接室へと向かった。

 そこではカリカリと苛立っているクラリスの両親とフランク。そしてぐったりとソファに倒れ込むように座るビアンカが勢揃いしていた。

 なぜかビアンカはキースたちを見るや否や、驚きの表情を見せてドレスの皺をひっぱりながらソファに座り直した。

 いったい何をしているのかと首を捻るクラリスだが、今さらビアンカの妙な行動に構っている暇はない。

 ノーマン子爵はその酷い火傷が彼らの眼に入らないようにと衝立で隔離されているため、クラリスは急いでそちらの方へ目を向けた。

 一目見て火傷の深さを理解したクラリスは、早速手当を始める。見た目よりは酷くないのはキースの魔法の使い方によるものだろう。勿論、痛みと火傷の深度は別の話だが。

 一通りの処置を施し、炎症を抑える薬を飲ませると、ようやくノーマン子爵も話をできるくらいには落ち着いてきたようだ。

「ビアンカ、申し訳ないけれどソファを譲ってもらえないかしら?」

「……あら。ええ、いいわよ。ケガ人ですものね」

 クラリスはダメ元でビアンカへと頼んだのだけれども、意外とあっさり了承してもらい拍子抜けしてしまう。

(……どういった風の吹き回しかしら? あのビアンカがこんなにも簡単に私の言うことを聞いてくれるだなんて)

 気が変わらないうちに譲ってもらったソファにノーマン子爵を座らせる。

 ビアンカとは違い両親たちは不満を口にしようとしたが、クラリスと一緒にいるのが騎士団中隊長のキースであることに気がついたため、すぐに引っ込み窓際の椅子へと移る。

 それでも何か言いたげな彼らをクラリスは敢えて彼らを無視した。

 今は彼らよりもこの目の前にいるノーマン子爵から話を聞くのが先決だ。

 いつの間にか応接室へと入ってきていたイグノーも、キースと同じようにクラリスを庇い眼を光らせながら、ノーマン子爵へと顔を向ける。

 そして決して強い言葉ではないけれど、キースの有無を言わせない淡々とした調子が、シンッとした応接室の中に響いた。

「さあ、自称ノーマン子爵とやら。なぜあなたがルバック伯爵家のシンボルツリーを買い取るということになったのかを話してもらえますか?」

「自称、だとっ⁉ か、か……彼はノーマン子爵ではないというのか⁉ 本当に?」

 キースの言葉をいち早く拾ったルバック伯爵が話に割って入る。同じようにフランクも慌ててノーマン子爵と名乗った男に近寄り「嘘だ!」と叫んだ。

「僕は、彼からの、ノーマン子爵からの手紙を受け取ったんだ。ルバック伯爵家の大木を売ってくれるのならいくらでも言い値で出すと。だから僕は伯爵へ話を通して……」

「このっ、フランク! 私は最初から都合が良すぎる話だといっただろうが! どうしておかしいともっと疑わなかった!」

 なぜかルバック伯爵とフランクがつかみ合い罵り合いだした。とはいえ子どものケンカよりも幼稚な言い合いは、イグノーのグルッという唸り声で瞬時に収まる。

 それをキースは一瞥してから自称ノーマン子爵へと視線を戻すと、もう一度噛んで含めるように尋ねた。

「おとなしく話すことですね。そうすれば王国騎士団の名の下に、少なくとも罪状が決まるまでのあなたの身の安全は保証しよう。自分の魔法はすでに……でしょう?」

 キースの指を口元に当てて威圧する姿に、自分の腕の惨状を思い出した男は、ヒィッ! と一言喉奥で声をあげると、それからは自らの口で全てを語り出した。


 曰く、その男はノーマン子爵の愛人の子でザックという名であり、成人前からノーマン商会で働いていたのだが、正妻の子が父親の下で副商会長として働くことになったのを機に追い出されたのだという。

「ずっとね、朝から晩まで働かされた結果が、はした金を握らせて放逐ですよ。商売を興そうにもどうしようもならなかった。自棄になって酒場で酒浸りになっていたところ、あの女から声をかけられたんです。……ピトーネという名の」

「最後に一緒にいた女のことですね」

「そうです。貴族を騙して木を一本奪い取るだけだというので、どうせなら私の復讐も一緒に済ませてもらおう、と。偽の魔法契約を結べば詐欺に加担した疑いでノーマン商会へも打撃を与えられるはずでした。まあ、失敗した挙げ句がこれですが」

 魔法薬の軟膏と包帯でぐるぐる巻きになった両手を上にあげて自嘲気味に笑う。

 偽の契約書でも貴族間の取引は信用上、大きな問題になりやすいそうだ。ザックは金銭よりもノーマン子爵への恨み辛みで行動していたため、どうしてその木が必要かということには興味がなかったと話した。

 ザックを別室へと連れていくと、応接室にはキースとイグノー。クラリスたちルバック伯爵家の家族、そしてフランクが残された。

「さて、これでひとまずは片付いたように思えますが……」

 キースが口を開くと、それに乗りかかるようにフランクが口を挟む。

「そうですよ! ルバック伯爵、悪いヤツらは捕まり、僕らも無事でした。何一つ盗まれたものもない。だからもう責任をなすりつけ合っても、ねえ」

「うん? ……まあそうだな。確かに、そうだが、うむ」

 咳払いをしながらチラチラとクラリスの方を窺っている。それに、なぜだかビアンカも瞳を潤ませながら同じように視線を向けてくる。いったい何なのだろうか。

 あからさまな視線に、とうとう無視をしきれなくなったクラリスは仕方がなく口を開いた。

「用があるのなら言ってください、お父様」

「ああ、そうだな。クラリス……その、な。〝お護り様〟のことなのだが、実はあの木のことだが、先代がお前に管理を任すようにと遺言書に残されていたのだよ」

 貴族の遺言書は魔法契約の一種だ。家名存続、つまり爵位の継承や領地以外の細かい財産は遺言書に記された故人の遺志が何よりも尊重される。

(そのために伐採の魔法契約が結べなかったのだわ……! だからフランク様があの時騒いでいたのね。でも……)

「そんなことは今初めて聞きました。どうして教えていただけなかったのですか?」

「んんっ。まあ、その必要はなかっただろう? どうせお前がフランクとともに家を継ぐことになっていたのだから」

 あれほど一方的な婚約破棄を黙認していてどの口が言うのだろうか。

 クラリスは呆れるだけだったが、キースは表情が消えるほど怒り心頭だ。その代わりに〝狼〟がヴヴヴッ、と鼻に皺を寄せて唸る。

「では、あらためて〝お護り様〟の相続者が私だと確認しました。以後、お父様たちにはいっさい手を出さないようにお願いいたします」

「そんな! 待ってくれ、クラリス。あの木は金になるんだ。今回はあんなことになってしまったが、次は必ずちゃんとした引き取り手を見つけるから……」

「いいえ、フランク様。〝お護り様〟はルバック領の守り木です。どれほどお金を積まれようとも絶対に売ることはありません」

 額に汗をかきながら必死で懇願するフランクを、クラリスはばっさりと切り捨てた。

 フランクから婚約破棄を切り出され、家族からも見捨てられた時、最後の最後まで彼らの愛を欲して声も出せなくなっていた可哀想なクラリスはもうここにはいない。

 クラリスは隣で彼女を見つめているキースと目を合わせた。

 青く透き通るような瞳の中に映る自分が、どれほど幸せそうな顔をしているのかがわかる。

「キース様、〝お護り様〟の管理についてお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「勿論です、クラリス嬢。あの木は騎士団を筆頭に管理者を置くのが妥当でしょう」

 ここで〝デプラ〟の木だということを説明する必要はない。二人で顔を見合わせ頷いていると、フランクがいきなり立ち上がり、「ああああっ!」と大声を上げ髪をかきむしった。


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