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第67話 家族愛

 しばらくすると、テイラーが仕事のためと席を立った。それを機になんとも気まずい昼食会は終了となる。

 そのまま帰るかと思われたビアンカはといえば、見舞いに来たはずのクラリスそっちのけで途中参加したアシュリーとばかり会話をし、庭の散策のエスコートまでおねだりをして居座ることにしたようだ。

 クラリスはミュリエーラに誘われてアリシア、そして彼女の息子であるサイラスと共に庭の温室でお茶を飲むことになった。昼食の間は離れていたキースの〝狼〟も、クラリスとサイラスの間に入るように陣取っている。

 温室からは庭を歩く二人の姿がよく見える。アシュリーの腕に手を絡めるビアンカの姿は、エスコートというには少し、いやかなり距離が近い。

「まあまあ。婚約者でもない男性に、随分としなだれかかれるものなのですね」

「あら、本当」

「あんなにもくっついていらしたら、そのうちにぶら下がってしまうのでは?」

「でもアシュリーは気にも留めていないようね。あの子は昔からああなのよ」

「女性に優しいというよりも無関心ですものね。魔法道具の話しかなさらないと、お友達の侯爵令嬢もおっしゃっていましたわ」

「ほほほ。もう結婚相手も魔法道具で作れば良いのにね」

 クスクスと笑い合うミュリエーラたちに、ビアンカの姉としてクラリスは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「……あの、本当に申し訳ございません。私の妹がご迷惑をおかけしまして」

 隣でケーキを頬張るサイラスの口元を拭うと、クラリスは椅子から立ち上がり深々と頭を下げる。

 訪問した邸での態度といい、テイラーへの馴れ馴れしい素振りもありえないものだった。儚げでおっとりとしているアリシアが無表情になるくらいだから相当なものだったろう。

 しかし、意外にもアリシアはキョトンとした顔を見せた。

「迷惑? ああ、あの子のことかしら」

 クラリスがコクリと頷くと、アリシアはふわりと笑う。

「迷惑とかではないの。ただ、テイラー様があの子に声をかけられる度にとてもお嫌そうな顔をしていたものだから、もうおかしくて、おかしくて」

「……え?」

「笑ってはいけないとこらえていたせいで、変な顔になっていたのね」

 そう言って両手で自身の頬をむにむにと触る。

 まさかあれが笑いをこらえている姿だとは思わなかった。クラリスが呆気に取られているとミュリエーラが「ねえ、クラリス」と声をかけてきた。

「あの子との確執はキースからも聞いているわ。勿論、ご実家の現状もね」

 その言葉にドキリとする。

(キース様が……。でも、そうよね。当然だわ)

 こうしてレジエンダ公爵家にお世話になっているのだ。デプラのことは話せなくても、クラリスが身内に頼れない理由くらいは話すだろう。

 しかしそう面と向かってミュリエーラからクラリスの家族仲について言われてしまうと、とても恥ずかしい気持ちになる。

 自分が家族から疎まれていたこと。元婚約者からいらないと捨てられてしまったこと。

 キースと出会ってから随分と気にしなくなってきたが、それでもまだその全てが割り切れたわけではない。

「正直言って、これ以上ないというほどに憤りを感じたわ。勿論、あなたではなく、あなたの家族や元婚約者に対してよ」

「ミュリエーラ様……」

「こんなにも可愛らしいクラリスをよくも傷つけてくれたわね、という気持ちでいっぱいになるほどだったわ」

 ミュリエーラ様の力説に、クラリスの隣で〝狼〟が「バウッ」と同意の声をあげると、その声に反射するようにサイラスの手があがった。

「クラリスちゃん、可愛いねえ」

 にっこりと笑うサイラスが微笑ましい。アリシアがサイラスの手を握り、聖母のような笑みをたたえる。

「そうですよ。私たちは何があろうとクラリス様の味方です。本日こうして初めてあの子と顔を合わせて確信いたしましたわ。あなたは何一つ悪いことなどありません、クラリス様。あなたはとても賢く、可愛らしい令嬢です」

「ええ、その通りよ。クラリスを嫌ったり疎んだりする方が悪いの。そのことだけは忘れないで。わたくしたちは、あなたが大好きなのだから」

「あ……ありがとう、ございます。ミュリエーラ様、アリシア様……」

 クラリスの瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 恋人であるキースは何度も伝えてくれていたが、彼以外の人から初めて大好きだと言われた。それが自分の尊敬すべき淑女であり、大好きなキースの家族だったことが嬉しくてたまらない。

「ありがとうございます……本当に、ありがとう……」

 何度も感謝するクラリスをミュリエーラはそっと胸に抱いた。まるで母親がしてくれるようなその優しさに、クラリスの瞳は再び決壊する。

 そうして何枚ものハンカチを涙で濡らすこととなった。


 ある程度クラリスの涙が収まった頃になり、ようやく庭の散策を終えたビアンカとアシュリーが温室へとやってきた。

「ねえ、お姉様これを見てちょうだい! アシュリー様が私にって、こんなに素敵な魔法道具をプレゼントしてくださったの」

 扉を開けるなり、クラリスへと見せびらかすように小さな金色の鳥籠が付いたネックレスを掲げる。

「ほら。鳥籠は純金でね。その中に小さな鳥が入っているの。これ、本当の鳥みたいに鳴くのですって!」

 小鳥がクラリスの目の前でピチュピチュと謳うように鳴き出した。

「小さくて可愛らしいところが、ビアンカ嬢に似合うだろう? まあ玩具のようなものだけれどね」

 アシュリーがクラリスへ顔を向けて肩を竦める。いつもひょうひょうとした態度の彼が、なんだか疲れているようにも見える。

「嫌ですわ、アシュリー様。可愛らしいだなんて」

 恥じらうように微笑むビアンカ。玩具のようなという都合の悪い言葉は切りすて、アシュリーの腕に手をかけた。

「まあ、お姉様! どうなさったの? ああ、もしかしてまた何か粗相でも?」

 そうしてクラリスの目元が赤く腫れているのを見るやいなや、ビアンカの口角が嫌らしいほどに上がった。

 駆け寄るなりクラリスの顔を覗き込みながら笑う。そうしてすぐにミュリエーラへ向き直すと、顔の前で両手をぎゅっと握り懇願した。

「申し訳ありません、公爵夫人。お姉様をお叱りになるのでしたら、どうぞ代わりに私を叱ってください!」

 突然のパフォーマンスに一瞬皆が呆気に取られる。ただキースの〝狼〟だけがビアンカに「ヴゥッ」と小さく唸り声を向けていた。

「あら。謝ってもらうようなことはなにもなくてよ」

 ミュリエーラがそう答えるも、ビアンカは引かなかった。それどころか自分が庇うのが当然だとでもいうようにクラリスの肩に手を置く。

 クラリスはそんなビアンカの仕草に妙な怖気を感じた。

「でも、お姉様は叱られたから泣かれたのでしょう? いつもそうなんです。お姉様は何をさせてもいつも失敗ばかりで、皆を失望ばかりさせてなんです。だから、私がお姉様の代わりに全て引き受けますわ。私におっしゃってください。何でもいたします。」

 再びビアンカは魅了魔法を使い出した。

(間違いないわ、ビアンカはちゃんと意識して魅了魔法を使っている)

 クラリスが感じた怖気がそうだと告げている。

「ビアンカ、もうやめて」

 止めるクラリスを振り払うように大げさに手を振るビアンカ。そして名案だというように手を叩いた。

「そうだわ! お姉様と一緒に、私がここに住むというのはいかがでしょうか? その方がお姉様のためにもなりますし、きっとレジエンダ公爵家にとっても安心できるかと思います。ねえ、アシュリー様もそう思うでしょう」


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