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第4話 宣誓

 そこは白い空間の中だった。

 身体は羽の様に軽く感じ、思考の中を包む全能感に酔ってしまいそうになる。


 ふと視線を上げれば、そこには人の輪郭をした物体が此方に向けて手を振っていた。



『こっちだよ~』



 ーーあぁ。その川を渡れば良いのか。



 その者の手前には幅の広く、何処まで続いているのか分からない長い川がある。

 段々とその者のへと近づくに連れ、輪郭がハッキリして来る……そして何か力が湧き立つ様な感覚を覚える。


 早く、そっちへーー。






「って!! んな訳あるかぁッ!!?」



 冷たく狭い檻の中、髪から滴り落ちる水滴に自分の声が木霊する。

 木霊していた声が止み、改めて周囲を確認した後に、未だに少し肌寒い身体を倒した。



「あー……生きてる、か」



 さっきの夢は何だったとかは今はどうでも良かった。それよりも、と隣で目をパチクリさせている少女に目を向ける。



「悪い。起こしたか?」

「……あんなに大声で叫ばれたら誰でも起きる」



 不機嫌そうに眉間に皺を寄せる彼女に、苦笑いを浮かべた。この距離では、あの大声を耳元近くで言われたら自分だったら頭突きの一つはしてしまう所である。

 改めて「ごめんなさい」と頭を下げれば、彼女は少しの沈黙の後に納得したかの様に首肯した。



「んで、ありがとう。あのままだったら多分死んでた」



 多分という言葉を使うが、この少女の機転が無ければ恐らくは確実に死んでいただろうと思う。"多分"は強がって使った言葉だった。



「別に良いよ……気にしないで」



 それに少女は照れ臭そうに顔を背け、助けて貰った礼をして一段落した所で大きく息を吐いた。



(一先ず死なずには済んだが……どうしたもんか)



 生き残りはした。

 だが、それはこれからの地獄行きの切符を手に入れただけかもしれない。


 あの男達の会話から、自分達は人攫いに遭った可能性が高い。つまり、前の世界と同じであれば、誰かに売られ奴隷の様な扱いを受け仕える事になるかもしれないという事だ。

 人を買うという事は、身分が高く裕福な生活を送れる可能性もあるが、それは限りなくゼロに近いだろう。


 何より、自分が誰かに拘束され、自由を奪われるというのは自分にとっては死んでいると同義だった。



「……なぁ、魔法って使えるか?」



 何かはしないといけないと、ふと街の中で魔法を使っていた人達の事を思い出し問い掛ける。それに少女は苦し気に口を引き結び、首を横に振った。



「"宣誓"は受けたけど、使えなかった」

「何だそれ?」

「聞いた事ない?」

「無いな。ずっと一人だったから」



 ずっと、と言ってもこの世界に3日程の話ではあるものの、嘘は言ってない。

 少女はそれを聞き、悲痛さを顔に滲ませながら眉根を下した。



「……ごめんなさい」

「あー……別にいいよ。それよりも宣誓って?」



 何処か少女に罪悪感を覚えながら、話を変えるように促す。



「宣誓っていうのは、魔法を使う為の力を授かる儀式の事。貧しくない家庭なら教会で受ける事が出来る」

「……それをやれば魔法を使えるようになるって訳じゃ無いんだよな? さっきの言い振りだと」

「うん……その人によって使える魔法は変わる。だから、適性の合う先生、適性の合う教材を見つけて勉強する事で魔法を使う事が出来る」

「じゃあ、それが見つからなかった人は?」

「才能が無い認定をされる。魔法は一生使えない……それが私。勉強になった?」



 彼女は自虐するかの様に片方の口端を上げた。何かに触れてしまった、そんな気がして確かな返答はせずに考える。


 これが確実な情報だとしたら、目の前にある光景は何なのか分からなかった。


 少女の周りを力強く漂う蒼白のオーラ。恐らくだが、これが魔法を使う際に使われる力と何らかの関係はある筈だと思い至る。


 ーー強いて何か違いがあるとしたら、『色』。

『赤』『青』『緑』『茶』それが街中で見た色だった。赤は『火』青は『水』緑は『風』茶は『土』といった、この眼で見て判明した法則だった。


 だが、これは皆んなには見えてないというのが現実であり、彼女自身蒼白なオーラが見れていないのが何よりの証拠だった。



(やっぱりこの眼は特別らしい……)



 自然と少女のオーラに目を細め、自分の身体に視線をやる。



(その宣誓ってのが無ければオーラも無い……か)



 自身のオーラも何も無い、痩せ細った身体を見て辟易としていると、彼女から視線を感じて顔を上げた。



「貴方、名前は?」

「名前、か……まだ無い。お前は?」

「私は…………私もまだ無い」



 最初に出た「私はーー」が気になったが、深入りしない方が良いだろうと触れずに「そうか」とだけ返し視線を逸らす。

 好き好んでアノ汚物溜まりの近くに行くとは正気の沙汰とは思えないし、相当な事情があったかもしれない。


 しかし彼女は、そこに頭から突っ込んでとんでもない臭いをさせてる自分に、身体を寄せて温めてくれた。



(この恩は忘れられない……一生掛けてでも恩を返すべきだよな)



 武術において、感謝の心は忘れてはならないと言うのが師の最初の教えだった。

 当時はどんな意味なのか分からなかった記憶がある。しかし、歳を重ね、武に重きを置く程に、それは痛感して分かる事になった。


 現状、自分にあるのは臭い貫頭衣のみ。隣には訳アリそうで、命の恩人な白髪赤眼の少女。



(前世では、周りに恵まれてた。今世はゆっくり、一つずつやって行こう)



 笑みを深め少女に向き直ると、芋虫の様に身体をくねらせて近づく。



「お前さ、良かったら俺の名前を決めてくれないか?」

「え、私が?」

「そう。自分で決めるよりは、命の恩人に名前を決めて貰った方が気に入りそうだ」

「気にしなくて良いのに…………『アレク』なんて良いんじゃない?」



 この世界での名前のセンスは知らない、がーー。



「良い名前だ」

「そう。じゃあ、私の名前も決めてくれる?」

「は? 良いのか?」

「えぇ。だって貴方は……良いから決めて」



 名前も無いとコミュニケーションに支障が起きる。そう思っての提案だったが、まさか自分が決める側になるとは思わなかったアレクは、少し鼻に皺を寄せ考える。



「『ツクヨ』……なんてどうだ?」

「……うん、不思議な名前だけど良い響き」



 アレクとツクヨは視線を交わし、笑みを深めた。


 極寒な檻内、水に濡れた筈の2人の中では温かい感情が産まれる。それはこの世に産まれ、初めての感情だった。

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