暖色の光源により、極寒な地下室が何処か温かい。棚にはアンティークな小物が置かれ、壁には有名画家の絵まで飾られている。
そんな部屋で高級革の椅子へと深く腰掛け、ワイングラスを傾ける男が一人。
「あぁ……良い気分だ」
何処にでもいる様な男、パン屋の主人であるミズネは笑みを深める。
ミズネは何処にでも居る様な容姿、そして気の弱い性格からイジメられる事が多々あった。一般の家庭の中でもほぼスラムの様な暮らしをし、勉学の成績も中の下。魔法も運動も出来ず、頭が悪くても高給料の兵士になるには不相応だと自覚していた。
しかし、ミズネには昔から野望があった。それは一般人では味わえないような高い地位。自分がイジメられるのでは無く、自分がイジメれる……そんな何でも出来る地位が欲しかった。
『どうすれば私でも上に行ける……?』
既に年齢は四十を超え、ただパン屋の店員として日々過ごしていた。足りない頭をフル稼働させ、自分が出来る事を考えた。
『あ……』
そしてパンを廃棄しようとした時、ふと路地に居た浮浪児と目が合い、思い浮かぶ。
イカラムでは極寒な地という事もあり、日照時間が短く、家に居る時間が長い傾向がある。人は太陽の光を浴びなければ段々と気持ちが沈む傾向にあるとされ、イカラムでは自殺者が多く居る。
そんな中、両親が自殺してしまった子供達というのは浮浪児となる。此処では他よりも浮浪児が多く居るという事を示していた。
ミズネは、それを利用した。
子供に食料として、パンを渡す。それに毒を入れ、動かなくなった所で子供を捕まえ、売り捌く。幸いな事にそっちの道に詳しい知り合いが居た為に、売るのは容易な事だった。
イカラムの下位組織の一つの長。金もある事から『宣誓』を受けるのも容易く、水魔法を使う事が出来る様になった。
「このまま行けば、いずれイカラムでも上位組織になるのも夢ではないな……」
己の将来について考えるだけでニヤけてしまう。そんな時、入口のドアをノックされ直ぐに表情を改める。
「入れ」
「し、失礼します」
最近、この『毒鼠』に入って来る奴が多くなって来た。コイツもその中の一人だ。
痩せ形で特徴的な高い鼻、無精髭を生やした猫背の男……確かーー。
「タイン……だったか? 緊張しなくて良い。どうした?」
「はっ! ありがとうございます! それが今回捕まえた奴なんですが……」
タインは眉尻を下げながら、後ろ手に頭を掻いた。
今回捕まえた奴で、思い至る。
偶々ではあった。
表の顔として経営しているパン屋、その閉店作業をしている途中に白髪の子供が物乞いをして来た。
「あの白髪のだな。何か問題でもあったのか?」
容姿が良い所為で躊躇いはしたが、結果的に捕まえてしまった。まさか、アレは兵士の奴等の作戦で、アジトの場所を探る為の囮だったのかーー。
タインはオドオドとした様子で、ミズネの様子を伺う。
「いえ、その他にも罠に掛かった奴が居まして……」
「………別に増える事には問題は無い筈だが?」
「それが、そいつの目が『オッドアイ』なんです」
「な、何だとッ!!?」
タインの言葉に、ミズネは持っていたワイングラスを投げ捨て立ち上がる。
オッドアイ。それは魔王の象徴である、特徴的な容姿。それを持った赤子は、親子諸共殺されると言う。大きく成長し、世界に悪影響を齎すかもしれないからだ。
そんなオッドアイの子供が手に入った。しかし、懸念される事は多々ある。
「それで……何かやられたのか?」
「い、いえ、何もありません」
「何かを壊されたとか、体調とかはどうだ?」
「いえ、何も問題ありません」
「本当に?」
しつこく問いただすミズネに、タインは少しバカにしたかの様に少し笑みを溢す。
「部屋に置いてあったバケツの中の水をぶっ掛けても、何の反応もありませんでしたよ? 何をそんな心配してるですか?」
「何をだとッ!? 本当に言ってるのか!?」
「え、は、はい……クソまみれだったので少しでも臭いを取ってやろうと思って……」
バツが悪そうにタインが唇を突き出し、ミズネは椅子へ倒れ込む様に座り込んだ。
若い者達は、魔王の怖さを知らない。
魔王の話は童話以外にも四十年か前、ある噂が世界中で流れた。
『魔王は怒らせてはならないモノだ』
これはミズネが小さな頃から父に言われて来た言葉だった。
父曰く、ある街に魔王と同じくオッドアイの子供が居たそうだ。その街に居る子供がオッドアイだというのは、旅の者が耳にするぐらいには有名で、酒の肴には持ってこいの話だったらしい。
ある日、その話を聞いた荒くれ者が言った。
『魔王なんて俺が追っ払ってやるよぉッ!!』
酒臭い息を吐きながら、荒くれ者は出て行く。そして、道端で犬と遊ぶオッドアイの子供を殴り飛ばした。
それを見た町民達は唖然とした。魔王に手を出したと。
しかし、待っていたのはただ倒せ伏せる子供と、高笑いする大男。何も起こらず、子供は殴られ続ける。
あぁ。大丈夫なんだ。
大勢の町民の頭は支配されたかの様に、オッドアイの子供を囲み、街の外へと追い出す様に徐々に迫って行く。罵詈雑言を吐き捨て、子供を追い立てる。
そして、偶然だった。
子供の唯一の友であった犬が蹴り飛ばされた、その時ーー。
当時、ミズネの父親はその街の隣町に住んでいたらしい。
散歩をしてご近所と挨拶を交す、いつもの日常。そんな中突然起きた、辺り一体を呑み込まんとする大きな地響き。
しかし、それは何かを齎すという訳でも無く収まる。皆んなは「ただの地震だろう」と言った。
数日が経ち、隣町を経由して来る筈の行商がいつもよりも数日早く到着して、異変に気付く。
汗だくな馬に、疲れ切ってハッキリと隈を浮かばさる行商人。周囲の空気からも焦躁さを現していた馬車へ、一人が近づく。
そして息も絶え絶えの行商人から耳打ちされた者は、大きく口を開けた。
『ま、街が無かったッ!!??』
誰もが冗談だと思った。
だが長年信用する行商人、その焦り様から只事では無い事だと伝わり、急遽"探索隊"という名の元、ミズネの父親を含めた男達が隣町があろう場所へと向かった。
ーーしかし、そこにあったのは街どころか国さえも滅ぼしそうな巨大なクレーターだったと言う。
「今直ぐ檻へと向かう……タイン、お前も来い」
魔王を刺激して良い事など無いと、ミズネはタインと共に檻へと向かった。