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第6話 猶予

 檻の中で2度目の目覚めは、ドンドンドンッという空のバケツの底を叩かれた音での事だった。

 目を覚ますと、目の前には苦しそうに眉間に皺を寄せて寝ているツクヨの姿。

 視線を動かせば、檻の先には先程の男達ともう一人、少し小太り気味の中年が此方を見下ろしていた。



(それなりの立場の奴か?)



 その者の周りにはオーラが漂っている。つまりツクヨの言う話の高額な金を払って『宣誓』を受けている奴という事になる。



「ほ、本当にオッドアイではないか……」

「ミズネ様、何をそんなにビビってるんすか? こんなクッセェガキに」



 細身の男が吐いた唾が頭に降り掛かる。糞まみれの身体にこれ以上何が付きようが、怒る気迫もない。



「止めろ!! 馬鹿者ッ!!」



 しかし、ミズネと呼ばれる中年は、容姿からは想像も出来ない剣幕で叫んだ。

 そこまで何故怒るのか理解出来ないまま、様子を伺っているとミズネはアレクに両手を翳した。



「水よ、集まれーー」



 同時に濡れていた服が乾いていく。

 視線を上へと移動させると、そこには丁度バケツ一杯分程の水の玉が浮かび上がっていた。それはフヨフヨと部屋の隅にあったバケツの中へと落ちると、ミズネは止めていた呼吸を始める。


 魔法。間近で見たものの、やはりそれはアレクの前世では無かった代物だった。



「……大丈夫か?」



 何故か畏まり、軽く頭を下げて胸に手を当てるミズネに疑問を覚える。


 何故こんな丁寧な対応をするのだろうか。何か思惑があるのだろうか。

 そう思ったが、昨日は水を掛けられ、今日は唾を吐き掛けられた。



「………大丈夫な訳がないだろ。早くこの拘束を外せ」



 少し乱暴な口調で反論すると、ミズネの近くに居たガタイの良い男が眉を吊り上げた。



「お前! ミズネ様になんて口の利き方をーーッ!!」

「ガイ! 止めろと言ってるだろッ!! ……悪く思うな。お前には運が無かった」



 ガイと呼ばれた男は嫌々と口を閉ざした。

 反応を見る限り、会話は出来るようだ。



「俺達は売られるのか?」

「……そうだ。此処は人攫いを生業にしている。安心しろ、お前の様な目を持つ者は高く売れる。相当な事をしない限り痛い思いはしないで済むだろう」



 オッドアイの事を言っている。つまり、ミズネはアレクを『魔王』だと知っての態度を取っているという事だった。



「これは俺の力を舐めてると取っていいんだよな?」

「ッ!! ………ふん。大人しく捕まってる所を見れば今は何も出来なそうだからな。お前ら、なるべく丁重に扱ってやれ。拘束は解くんじゃないぞ」



 ビビっては居ても、それなりの立場の者であるからか肝が据わっているようだった。


 ミズネはツカツカと微かに二段になっている顎を揺らしながら出て行った。

 それに残った男達は目を見合わせ、呆れる様に肩をすくめていた。






 此処に来て、恐らく一週間が経った。

 最初の頃と比べると一日に二回硬いパンが出て来るようになり、二人の態度は軟化し、暇潰しなのか色々な情報を手に入れる事が出来た。


 細身で猫背の男はタインと言った。此処に来て1ヶ月の新人らしく、今回の人攫いが初めての仕事だったらしい。今まで色々な仕事をして来たが、ギャンブル癖が治らず、借金を返す為にこの仕事をする事になった。


 もう一人のガタイの良い男はガイと言った。此処に来て何年にもなるベテランらしく、元は兵士をやっていたと言う。訓練の途中でヘマをやって利き腕を負傷、マトモに剣が振れなくなり、行く所も無く此処に来てしまった様だった。


 意外に話の分かる者達で、此処の組織の事も話してくれた。此処は『毒鼠』と言う組織らしく、この国では下部の組織に属されるらしい。


 だが、この組織のお陰で何人もの重役の大物が来るらしく、国の一端を担っているとミズネは豪語していたらしい。



(子供を買う重役の大物、碌な奴は居ないだろうな)



 何か後ろめたい事があるから、此処を頼る。



(どうにかこの子だけでも……)



 切実に思う。

 アレクには前世があり、何よりも『武王』だった。色々な経験を経て、荒事に耐える事は出来るだろう。

 しかしこの子は、魔法を使える可能性は大いにあるものの、今は何の力も無い子供である。



(死んでしまう可能性が高いのは彼女だろう。容姿端麗の少女……想像に容易く、酷い事をされるのは分かってる。一瞬でも隙でも作れたらーー)



 アレクは噛み締めるかの様に、額を地面に「ゴンッ ゴンッ』と小突く様に当て続ける。



「何してるの? 痛いでしょ?」



 横から衝撃を受け、強制的に頭突きは止めさせられる。横を見れば、アレクを心配そうに見つめるツクヨが居た。



「あー……悪い」



 外に出ていない事もあってか、アレクは少し気がおかしくなって来ていた。


 しかし、そんな光景を見慣れてるのか、タインとガイは此方を見向きもせずに椅子から立ち上がった。



「それじゃあなぁ……っと、次会う時はもうアソコか」

「アソコ?」

「おい、タイン」

「良いじゃねぇか! 最後の土産ってヤツだよ!」



 ガイが咎める中、タインは気にせず言った。



「明日、オークションがある。そこでお前らは売られる事になる」



 ◇



(元気、ないよね……)



 今日、明日オークションがあると告げられてから、アレクは塞ぎ込むようにツクヨに背中を向けて寝ていた。


 アレクが何かをしてくれようと必死なのは分かる。だけど、今のツクヨに何かやれるとしたら、それは慰める事だけ。



(情け無い……『勇者』だって言っても、歳下の子に頼ろうとしてる自分が本当に嫌ッ!)



 ツクヨは意を決したかの様に、アレクの背中へと頭を当てる。



「大丈夫、私が何とかするから」



 これしか出来ないと、ツクヨは念じるかの様に強く目を瞑る。すると動いた気配がして、ツクヨは視線を上げた。



「ふわあぁぁ……ん? 何だ、起きてたのか?」

「え…………起きてたんじゃ?」

「いや、ゆっくり寝れるのは今日ぐらいだろうしと思って寝てたが……どうかしたか?」



 眠そうに目尻に涙を溜めてるのを見て、急激に顔が熱くなるのを感じた。



「な、何でもないッ!!」



 ツクヨは直ぐにアレクへ背を向けた。


 彼とは多分、歳が二、三つは離れている。だから少しでも励まそうとお姉さん風を吹かそうとしたらこれだ。



(私っていつもこう……本当上手くいかない!)



 込み上げる涙を堪えながら明日に向けて寝ようとすると、今度は自分の腰辺りに感触を覚え振り返る。

 そこには、顔を伏せているアレクの姿。



「……この際だ、ツクヨに言おうと思ってたんだが」

「え?」

「俺の目にはさ、オーラが見えるんだ」

「おーら? 何それ?」

「何か、身体の周りを漂う様な煙みたいなのだ」



 アレクの言葉にツクヨは頷く。



(ハッキリ言って、全然分からない……)



 数日光を浴びてない、薄暗く空気も悪い室内、粗末な食事、拘束された身体、今のこの状況は極限状態と言っても可笑しくなく、こんな事を言うのも仕方ないと思う。


 ツクヨは納得したフリをして、アレクの話を促す。



「そうなんだ。じゃあ皆んなのが見えるの?」

「皆んなっていう訳ではないが、ツクヨのは見える」

「へぇ、どんなの?」

「綺麗な雪……みたいだけど、少し蒼さも感じる。透き通った綺麗なオーラだ。皆んなのとは違う、特別なオーラだ」

「雪、か」



 ツクヨは自分の身体を見下ろす様に視線を下げるがそんなものは見えず、視界の大半を占める白髪は、今では薄汚れてくすんでいる。


 自分と髪色が同じ雪には、不純物が多く含まれている為、そのまま食べてはいけないと此処に来てから知った。


 元の場所に居れば、知らない筈の知識。

 自分が死んでしまう状況でも、自分と隔てなく接してくれる男の子が隣には居る。


 意図は無かったもののアレクの言葉で、ツクヨは強張っていた表情から一転、口角を少し上げた。



「ありがと、少し元気出たかも」

「お? どういたしまして? まぁ、さっき言った事は頭の片隅ぐらいには入れておいてくれ。さ、早く寝ようぜ」



 オークション前日、二人はいつも通り身を寄せて眠りに入る。



 二人とも、それぞれの覚悟を決めて。

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