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第156話……宰相カンとゴードン城

 統一歴570年4月――。


 チャド公国の同盟相手であるガーランド商国は、領域の北部が蛮族の勢力の脅威に晒されていた。


 さらに、蛮族が北部領域に侵入するたびに、北部領域の地方貴族たちが次々に商国に反旗を翻したのであった。

 また、冬場は蛮族の活動が鈍るのであるが、雪解けとともに蠢動するのが毎年商国の頭痛の種であったのだ。

 そして、北部の反乱勢力に対し、商国が差し向けた討伐軍の最高司令官が宰相のカンであった。



 ガーランド商国軍本営――。

 ひと際大きな幕舎の中で、宰相であるカンを上座に文武官が作戦会議を行っていた。


「宰相様、チャド公国より再び援軍の依頼にございますぞ!」


 外交官の報告に対し、宰相カンは難しい顔つきになる。


「何を申して居る! 自領の反乱を鎮めずして他国への援軍なぞいけるものか! それに昨年の暮れから陛下の具合も芳しくないのを知っておろう」


「しかしでございます。最近のオーウェン連合王国の勢いはすさまじく、チャド公国を飲み込む勢いにございまするぞ! もし我が国が見殺しにしたとなれば、陛下のご威信が地に落ちまするぞ」


「そんなことわかっておる。それゆえゴードンの城を大軍で囲んでおるのだ。この城さえ落とせば援軍の余地は十二分にできる」


 宰相カンが言い放つ言葉に、幕舎の中の武官たちは一様にうなずいた。

 カンが言うゴードン城とは、北部の反乱勢力の一大拠点であり、北から押し寄せる蛮族たちの補給拠点ともなっていたのだ。

 つまりこの城さえ落とせば、北部の脅威からかなりの部分が解放されるはずだった。


 だがこの城は、城下町を見下ろせる険しい山の上にあり、連立する峰のあちこちに郭や砦を配した重層で堅固な作りとなっていたのであった。


「もはや、城下に火をかけてしまいましょう!」


 漆黒の鎧を着た将軍が宰相に意見する。

 城攻めの際、城下町に放火することは常道である。


 放火された民衆は助けてくれぬ支配者に愛想をつかし、さらには城内の兵士たちの士気も大きく下がることが見込める戦術なのである。


「それはならぬ。ゴードンの街の民は我が国の民だ。絶対に放火はならぬ!」


 この宰相カンの発言に、今度は将軍たちがむつかしい顔をする番だった。

 民衆たちを気遣うのはいいが、勝てない戦を続けるのは最も悪い施策と考えるのが武官たちの発想であった。

 だが、反乱地域は即ち商国領であり、自国の民に放火するなどもってのほかというのが宰相カンの信念であるのだ。


 逆に言えば、カン宰相は著しい戦功はなかったが、民衆からの支持は厚いのだ。

 他国からの認識も、苛烈な君主アドルフとの組み合わせで、商国のバランスが取れているとの見方が概ねだったのだ。


 そういうわけで、ゴードンという堅城に対し、あまり強硬な策に出られないのが商国軍の現状であった。




◇◇◇◇◇


 ガーランド商国軍、ゴードン城包囲陣地前線――。


「火は使うなよ! 火災には十分配慮しろよ!」


「はっ!」


 総司令官である宰相カンの言いつけにより、火矢や火炎魔法の使用は固く禁じられた。

 城下町への略奪行為も当然ご法度であり、もし犯せば極刑が言い渡されたのだ。


 だが、占領地での略奪目当ては傭兵たちの常識であり、傭兵たちを主力とする商国軍の士気は上がらなかった。

 これに関して、宰相であるカンに進言した武官は、戦線から外されるという噂もたつほどであったのだ。



 それゆえ、滞陣時間が長くなるにつれ、脱走する傭兵や農兵たちが増えてきていたのだ。

 前線指揮官である下級貴族たちは、傭兵たちを宥め、また私財を使って士気の向上に努めたのであった。



「掛かれ!」


 前線指揮官たちは執拗に城への攻撃を命令したが、リターンが少ないリスクを負う人間は少ない。

 よって、命令に忠実で真面目な兵士から戦死していくという不条理な現象が起きていたのであった。


「盾を構えよ! 無理に突撃するな!」


 宰相カンは、盾なしで攻撃するなどの強襲策は禁じていた。

 それゆえ、攻撃の際は重い盾を装備した重歩兵が先頭となり、険しい崖や急斜面を登ることとなった。

 されば、攻撃の肝となる機動性は失われ、味方の被害は少ないのであるが、戦果もほとんど上がらないという状況になっていたのだ。



「前線指揮官たちから、兵糧蔵や貯水甕のある郭にだけは、被害を顧みない強襲を行いたいという進言がありますが、いかがいたしましょう?」


「ならぬ! 被害の少ない他の策を講じろと伝えよ!」


「はっ!」


 ゴードン城は食料や水の備えも十分。

 さらには山城の特徴として、山の尾根を介しての郭間の移動や連絡の手段もあったのだ。

 それゆえ、常識的な攻勢では動じず、派遣した降伏の使者はいつも追い返される始末だった。



 数日後――。


「本国から、工作物資が届きました!」


「よし、すぐに築城にかかれ!」


 宰相カンも馬鹿ではない。

 彼はゴードン城の近くの高台に長滞陣用の城を築城させ、さらにはゴードン城を取り囲むように大量の砦の構築にもかかっていたのであった。


 そのお金のかかる戦術は、貿易で潤う商国だからこそのモノ。

 凡そ他国ではまねできぬ一大工事であったのだった。


 さらに、この工事には多数の民衆に仕事を与えた。

 貧困にあえぐ者や浮浪者の多くに、賃金を与える側面もあったのだ。



「戦とは、ただ戦うだけではないぞ!」


 宰相カンは戦場で常々そう語ったといわれる。

 だが、その反面、チャド公国は援軍なしでオーウェン連合王国軍と戦わねばならなかった。

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