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第157話……出兵したいがお金がない。

 オーウェン連合王国首都、シャンプール城会議室。

 重厚で長大なテーブルに、多くの文武官が席についていた。

 そこにおいて、私は軍事しかわからないのに、宰相として内政の指揮を執っていた。


「かかる多大な軍事費は王家を破綻させまする。宰相閣下におかれましては、ぜひにも良案をお聞かせ願いたい!」


 最近の王国は手厳しい負け戦で、平時は中間官吏である貴族の子弟を多く失っていた。

 そのため、試験を開催し、若い知識層を多く採用したのだ。


 だがその分、歯に衣着せぬ直言や理想論も多く語られ、いくばくか王宮政治としては混乱していた。

 だがやはり、大臣級の上級内政官は世襲の上流貴族たちだったのだが……。


「良案か……。フィッシャー殿、なんか良案が無いかな?」


 私は昨日も夜遅くまで政務で寝不足だ。

 戦場にいる間に積みあがった政務処理をこなすのに、地元から呼び寄せたラガーなどに手伝ってもらっても、なかなかに減らない。


「さて、商国の内乱を機にチャド公国の領地を削りたいところ。しかし、我が国も戦乱続きで国庫は火の車にございまする。ここは出兵を差し控えるか、増税しか手はございませぬ」


「……ふむう」


 こういう時、昔の英雄なら素晴らしい手法で乗り切るのだろうが、私は英雄ではない。


「国庫の状態はどうか?」


 私は財務官僚に尋ねる。


「はい、先日に商人たちへの戦債の支払いに、王宮の秘宝の多くを充てました。さらに直轄地である畑も2万ディナール分を売却いたしまして、先月の官吏の給与にあてたところにございまする。王宮の金庫には金貨三枚と銀貨六枚、そして銅貨八枚がすべてにございまする」


 ……むう。

 なんか国家というか、その辺の鍛冶屋の親父の資産といったところのようだ。

 きわめてやばい情勢だな。


「土地を持つ貴族たちからは、臨時徴収はできぬかなぁ?」


「先年、鉄への課税を強化したところにございます。度重なる兵役だけでも各家の負担は限界に近いものと存じまする」


「……ふむう」


 答えた後、徴税担当の官僚も申し訳なさそうに目を伏せる。


「鉱山部門はどうかな? 王家の金山とかは?」


「首都の北、ズージン山脈にあるズージン金山が、近隣においては最大の産出量を誇っておりましたが、近年は衰亡の兆候が見えておりまする。新規の投資を行っても以前のようには難しいかと……」


 鉱山担当の官僚も打つ手なしといった感じだ。


「……では、出兵案を破棄し、しばらくは富国強兵を行いますかな?」


 フィッシャー侍従長がそう私に話を振る。

 もちろん、政務において最終的な裁可を行うのは陛下だが、それに至るまでの会議においては私が長であった。


「悪いが、私が宰相である限り、出兵撤回など思いもよらぬ……」


 私はそう言いつつ、皆の前に資料を提出した。

 記した数字はエクレア率いる諜報部の調査した数字と、今までの常識的な地形的概要からの捻出であった。


〇イシュタール小麦取れ高。


・オーウェン地方……30万ディナール

・ソーク地方……50万ディナール

・ファーガソン地方……70万ディナール



「つまりファーガソン地域を支配するチャド公国は、我が国の7割もの基礎的財源を持つのだ。これをとれば王国の収入は単純に七割増なのだぞ! 商国の内紛が終わってからでは、この地が安易にとれる目算は立たなくなるのだ……」


「……では、商国とチャド公国領土を折半しては如何にござる?」


 こういったのは外交担当の官僚。

 だが、これに反論したのはオルコック将軍だった。


「だめだ。商国の小麦の取れ高は200万ディナールともいわれる。それに加え莫大な貿易収入。さらにはそれに付随する関税。さらには商業都市からの収益。寸土たりともファーガソンの地を商国に与えてはならぬ」


「将軍の言うとおりだ。先王の仇である商国とはいずれ戦わねばならぬ。税収云々はともかく、人を養うのは食料であり、人を多く抱えるということは兵役人口を多く作れるということだ。折半などしては、永遠に我が国は商国に勝てぬぞ!」


 私がそう付け加えると、一同はシーンと静まり返った。

 しばし沈黙は続き、皆で天を仰ぐ。



「……う~ん。禁じ手かもしれぬが、王家が持つ御料地を商人たちに売却してはどうかと思う。皆はどう思うかな?」


 私がそういうと、会議場が一瞬で殺気立つ。


「馬鹿な!! 御料地は神聖不可侵」

「そうだ、そもそも、そうなれば、明日から陛下に乞食をしろというのか?」


 御料地とは、厳密には王国の資産ではなく、王家の個人資産であった。

 それは、王城の超一等地の土地の権利であり、多くが富裕層に貸し出されていたのだ。


 王家はその財源で、生活費や交際費、王家歴代の墓の維持費などが捻出されていた。

 たしかに、御料地に邸宅を立てられるというのは、商人たちにとって最高のステータスである。


 借りるだけで名誉なのに、買い取れるとなれば……。

 王国中の富豪たちが目の色を変えるほどの物件になるはずであったのだ。


「そもそも、陛下はご了承なされたのか?」


「いや、まだ伺っておらぬ」


「……、くっ。無礼者!」


 流石に、内容はともかくとして、私の発言の仕方はまずかったようだ。

 私は、閣僚たちから沢山の罵声と白い視線を浴びたのであった。


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