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第158話……王都進発!

 夜分、私は陛下の部屋を訪れていた。

 部屋の燭台の明かりは煌々とし、複数の女官と無数のメイドたちが控える。


「おう、宰相。何しに参った?」


 私は政務が忙しく、陛下に会うのは久々であった。

 陛下は純金であしらわれた小さなテーブルで、お茶を嗜んでいる最中であった。


「はい、実はとある案に許可を頂きたいのですが……」


「見せてみよ」


 私は例の御料地売却の計画が書かれたスクロールを奏上する。

 陛下は計画案を拡げ、隅々まで目を通したようだ。


「うーむ、これは宰相の願いでも難しかろう。これを成せば代々の王の墓所の維持もままならんではないか?」


 陛下はさすがにご不満そうだ。


「……では、こういう条件を付けてはいかがでしょうか?」


 私は陛下にこっそりと耳打ち。

 今は誰にもばらしたくない裏側を伝達した。


「おう、余はそれなら構わぬぞ。宰相のよきに計らえ」


「ははーっ」


 私はすぐに陛下の部屋を辞し、閣僚たちが待つ会議室に戻ったのだった。


「陛下のお許しが出たぞ!」


 私がそういうと、下級官吏までが驚きの表情を隠せなかった。


「本当でござるか?」

「まことに陛下が左様なことをお許しになるとは?」


 異口同音に小声で批判めいたことも言われたが、流石に宰相に面と向かって異論を唱えるものは皆無だった。


「反対者もおらぬようだな。では、これを決定事項と為す!」


 会議で決まった法案は、陛下の裁可を仰ぐべく国璽尚書に預けられ、翌日には城下に公布されたのであった。




◇◇◇◇◇


 シャンプールの城下町――。


 そこは長らくオーウェン連合王国の首都であったが故、沢山の大商人が店や居を構えており、そのほとんどが富豪であった。


 彼らが富豪である理由の一つとして、首都で認可制の専売品をさばく権利を持っていたりする。

 確かに多くの者が自由に取引できる方が価格は安くなるであろうが、為政者側が価格を統制したり、流通を制御したり、さらには税金を確実にとるために、多くの国家で許認可制度が執られていたのであった。


 許認可の鑑札の入手や更新方法であるが、それは王宮内部で秘密裏に審査される。

 まぁ、わかりやすく言えば、高官への賄賂がモノを言うということだ。

 それゆえ、特定の者がどんどん富を増やし、さらには王宮の高官とも蜜月になるという、あまりよくない状態も作り出していたのだった。


 今回、フィッシャー侍従長を通して、王宮の高官どもに御料地の権利の売却を頼むことにした。

 表向いて競売にするには、品位とステータスの面で問題だったからだ。


 だが、秘密めいた密室であっても、大商人たちの見栄の戦いはすでに始まっていたのだ。

 商売敵よりよいところに居宅を構えることは、すでに腐るほど大金を持った者たちには、商売より大切なことだった。


 この数日間、他国からもうわさを聞き付けた大商人たちが来場。

 宮廷内で、ものすごい金額のマネーゲームが開催されたのであった。


「一つだけご確認ですが、支払いは今になりますが、お引き渡しは来年になります」


「構わぬよ」


 御料地はわずか数日で完売。

 王宮の御金蔵には、山のような金貨が積みあがったのであった。


 その後、私は宰相の公邸にラガーをはじめとするライスター家の内政官を集めた。


「これでしばらくの間の軍事作戦には耐えられよう。だが、今回一番大変なのは戦場ではない。皆頼んだぞ!」


「はい、今からすぐに取り掛かりまする」


 この秘密の計画のため、王宮の御金蔵から約半数の多量な金貨が秘密裏に運び出されたのだった。



 その後も、私は得た資金で兵士を新たに募集。

 ベテラン兵士を下士官に昇進させ、その下に新たに雇った兵士たちを配属させたのであった。


「一列に並べ!」

「整列!」


 訓練はナタラージャとアーデルハイトに一任。

 日々、練兵場からは勇ましい声が聞こえたのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴570年5月――。

 オーウェン連合王国は、各地への守備兵を派遣の後、別個に二万五千の遠征軍を編成した。


 主力部隊である二万を大将軍オルコックが率い、海沿いを通ってファーガソン地方の南部へと侵攻を企図。

 別動隊五千は私の直卒で、山側をとおってファーガソン地域の北部侵攻を企図した。


「頑張って来いよ!」

「勝ってくれよ!」


 首都進発の際。

 沿道からは温かい声や歓声が投げかけられる。


 最近は戦続きで多くの民衆も、心身が疲弊している。

 だが、それに最も効くのは、自分たちの軍の大勝利であったのだ。


 余り楽しみのない庶民たちにとって王軍の勝利は、スポーツなどの競技での勝利に似た部分があったのだ。

 また、戦の勝敗は賭けにも使われた。


 今回の開戦に合わせて私は、イシュタール小麦の炊き出しなどの福祉政策をも行い、民政にも配慮した。


 さらに、今回の戦に勝てば減税などの政策を約束。

 商人たちにも、物資の輸送などの協力をしてもらえるよう、最大限の配慮をしたつもりであった。


 この戦いに負けたら……、という計画はない。

 国庫にも予備はないし、兵糧や物資もギリギリだ。

 まさに戦略的にも背水の陣といった感じであったのだった。

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