統一歴570年5月中旬――。
オルコック率いる二万の王国軍はファーガソン地方に侵入。
十を超える集落と四つの砦を焼き払い、ファーガソン地域のハブともいえるロックハート城を包囲したのであった。
その頃。
私の部隊はファーガソン地域の北部の未開の森林地帯を進んでいた。
当然に道などなく、騎兵を用いての機動的な運用はできない。
だが、私の直卒部隊はケード連盟から借り受けた竜騎士隊を含め、五百騎の竜騎士のみの編成だったのだ。
馬と違いドラゴネットの脚は丈夫で、沼や荒れ地など足場の悪い地形の踏破も可能である。
そうまでして為し得たいのは、ロックハート城の東北部の山岳地帯にあるハイラム城への奇襲であった。
ハイラム城。
それはロックハート城から街道沿いに北へ五日進んだ距離にある堅城である。
城主はパン伯爵であり、彼はハイラムの城下を含め、山岳地帯にある六つの集落を統治していた。
そこは平地が少なく、畑作より羊の放牧を営む民が多かった。
ハイラムにたどり着く方法は、ロックハートから北に延びる険しい山道しかなく、当然にそこへ至るまでに強固な関所や砦が築かれていたのであった。
そのようなところを進軍しては、兵が多くとも時間がかかってしまう。
当然のように、補給部隊が奇襲される可能性も高く、攻略するのに苦労しそうな地域であった。
攻略しても実入りが期待できる場所ではなく、攻撃側としては無視して放置しておきたい拠点でもあるのだが、城主のパン伯爵は奇襲作戦が得意であり、私としては絶対に潰しておきたい拠点であったのだ。
また、今回の主兵である竜騎士の乗るドラゴネットの弱点は肉食であることで、貴族階級の用兵としては宗教的な理由で嫌われていた。
当然のことに肉食だと維持コストも高い。
リルバーン家の竜騎士隊は、暇なときは率先してイノシシ狩りを行うくらいだったのだ。
「落伍者はおいていけ。急いで進むのだ!」
ハイラル地方の東北部の山岳部は、屈強な竜騎士隊をもってしても踏破するのは難儀した。
落伍者の救出は、後ろからやってくるアーデルハイト率いる四千五百の部隊に任せていた。
アーデルハイトの部隊は歩兵中心の通常編成で、道を作りながらに進んでいた。
彼女が率いる部隊は大規模な工事を行うことで、敵の偵察部隊を引き付けさせる目的もあったのだ。
「よし、抜けたぞ!」
私の直卒部隊は一週間の強行軍の末、ハイラム地方の北部の集落への侵入に成功した。
部隊は疲れ切っていたが、奇襲効果は行軍速度に比例する。
陽が沈むまでのわずかな間を休息に当て、集落が寝静まったころに急襲したのであった。
「掛かれ! 風のごとく!」
「おう!」
我々は集落の明かりを目指して突入。
家々に火をつけ、家畜を収奪していったのであった。
敵地であるハイラル地方は放牧が盛んなことも、竜騎士の集中運用を可能にしていたのだ。
攻撃後にドラゴネットに小休憩を与え、すぐさま次の集落の攻撃に移った。
村人から若い屈強なものを選抜して、道案内を行わせる。
明け方には、南側にハイラルの城下町を望む高台に進出することに無事成功したのであった。
ハイラルの城下町の北側は険しい山地であり、予想通り防御施設はほぼなかった。
「掛かれ! 燃え盛る火のごとく!」
我々の進軍速度は敵の連絡網を上回った。
その証拠に、街は通常通りの営みを始めようとしていた。
我らはそこに乱入、家々に火を掛けながらに駆け、蹂躙していったのであった。
「助けてくれ!」
「山賊だ!」
ハイラルの城下町は北側から敵を許したことはない。
よって、突然現れた我々は山賊と間違われたようであった。
「山賊どもに好きにさせるな!」
「討伐せよ!」
城下町の混乱に対し、城から兵士たちが繰り出してきた。
その数三百といったところ。
山賊となめてかかって来た彼らに、我らに抗する力はなかった。
「押し返せ!」
私は分散していた竜騎士隊を集結させ、城兵たちを一気に突き崩した。
逃げまどう敵兵を追従し、ハイラル城の城門に迫る。
「助けてくれ~」
逃げ込む味方を見殺しにはできず、城門は閉まらなかった。
「好機だ! 潜り込め!」
我々は逃げまどう敵兵に交じり城内に侵入。
城には心配したほどの兵士はおらず、攻撃からわずか二時間でハイラル城の攻略に成功したのであった。
「勝鬨!」
「応!」
勝つには勝ったが、敵兵に我らの数が知れるとまずい。
私は降伏した敵兵を素早く拘束し、城内の牢屋に閉じ込めておくことに腐心。
その最中に、逃げまどうパン伯爵の家族を拘束することに成功。
貴重な人質を得たのであった。
また、後で知ったのだが、パン伯爵はロックハート城を包囲していたオルコック率いる本隊を奇襲するべく、二千の兵を率いて南へと進軍している最中だったようだ。
その後、我々の奇襲を知り、大急ぎでこちらに向かってくることが予想された。
「城の守りを固めよ! 兵糧庫を接収せよ!」
「はっ!」
我々は、幸運にもほとんどハイラル城を棄損することなく接収できたため、その城の物資と防御力をいかんなく発揮できる状態であったのだ。