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第160話……遷都と養子問題

 統一歴570年5月下旬――。


 リルバーン家最大の商業都市であるエウロパの港町は、市街地の拡張工事に沸いていた。

 工事責任者はラガーで、リルバーン家をあげての一大プロジェクトであった。


 エウロパの港町は港の北西部に市街地を拡げていたが、今回は港の東北部にある小高い山をも工区に入れていた。


「こんな山をわざわざ開発しなくてもいいんじゃねーか?」


 筋肉だるまの実務担当の親方がラガーに問う。


「いやぁ、これは内緒の話なんですがね。実はこの小高い山に建てるのはお城なんですよ」


「なんだって!?」


 エウロパの城は小さいながらも既にあり、公爵家当主代理であるイオの実質的な居城となっていたのだ。

 それなのに、もう一つ、さらに大きい城を立てるなんてあまりある事例ではなかったのだ。


「……いや、旦那。実は遷都するらしいんだよ」


「そうなのか?」


 オーウェン連合王国の首都であるシャンプールは、防御を優先するあまり川にも海にも遠かったのだ。

 よって、街道頼みの陸運しか発達せず、その更なる発展性には疑問符が付けられていた。


 そのため、王宮政府は内密理に資金調達を兼ねて、海運が期待できるエウロパに首都を移転するよう工事を進めていたのであった。


 さらに言えば、シャンプールの大通りなどの土地は昔からの貴族利権がらみ強く、街中の道の整備もなかなかうまく進まなかったのだ。


 エウロパの街ならば現宰相の勢力下にあり、新市街地の権利はすべて王家が握るという約束で開発が行われていたのであった。


 これにより新首都は海運にも恵まれ、さまざまな貴族利権の無い、王権の強い街となるのである。

 難題としては王城の築城で、見栄えが良いものを作るとなると時間がかかることが予想され、それまではリルバーン家からエウロパの城を借り受ける予定であった。


 街の方は外郭の土塁さえある程度整備できれば格好がつくのだが、問題は旧都となってしまうシャンプールである。

 シャンプールを捨ててしまえば既得権者の反発が予想されるため、いくらかの行政府を残し副首都として存続させ、現王城は王家の別荘と定義する予定となっていた。



 ……後日。

 だまされた格好で御料地に出資した富豪たちの怒りは収まらず、宰相の公邸には放火未遂や投石などの嫌がらせが続いたという。


 だが、以前のクロック派閥などへの厳しい対応が功を奏し、エウロパへの遷都の宣言はそれほどの抵抗もなく行われ、さらに開発工事は活況を帯びていくことになるのである。




◇◇◇◇◇


 オーウェン連合王国の悩みの種。

 それは現女王の跡継ぎがいないことであった。


 このことに侍従長のフィッシャーは頭を悩ませ、一応の解決策として女王に提言したのは、王族でもかなり貧しく、もはや貴族として怪しいような家からの養子を迎えることであった。


「侍従長よ、その家はどのようなところなのか?」


「はい、陛下。エインズワース男爵家の当主でわずか一歳であり、有力な後ろ盾は全くありませぬ」


 侍従長は今までの跡継ぎ候補はすべて有力な貴族家の後ろ盾があり、もめ事の種になっていたのだ。

 そのため、首都シャンプールの郊外に暮らす母子家庭の貴族家に目を付けたのだ。


「陛下、その者の氏素性を調べると一応は遠いながらも王族であり、王家の典範に鑑みても問題ないと思われまする」


「……ふむう、宰相は何と申しておる?」


「宰相は、すべては陛下のご一存であると」


 王太子が一歳となると、現女王の政権期間は長くなる。

 そういうことも考慮しての養子縁組であった。



 後日――。

 エインズワース家のみすぼらしい家に、王家からの使者が訪れて事情を説明。

 その日のうちに、母子ともども恭しく王城に迎えら入れられたのであった。


 一週間後――。

 宰相は不在ではあるが、シャンプール城で大々的に立太子の儀式が行われた。

 反対勢力の蜂起を懸念し、フィッシャーは王城や市街地の要所に近衛騎士団を動員し警備にあたらせた。

 だが、目立った混乱はなく、終始平穏に儀式は終わったのであった。




◇◇◇◇◇


 私はハイラム城でパン伯爵の軍勢を迎え撃つべく忙しく準備をしていた。

 だが、それから数日たった頃に、そのパン伯爵からの使者がやってきたのだ。


「ご開門! ご開門!」


 使者は形から見て貴族階級のようで、彼は不戦の意思をしめすべく高らかに白旗を掲げていた。


「ご使者殿、入られよ!」


 私はさっそく使者に面会することにした。

 使者はサーグットという男爵で、中肉中背の若い男であった。


「お目通り頂き恐悦至極……、……」


「挨拶は構わぬ、本題をお聞かせくだされ」


 私は男爵にお茶を勧めながらに言う。


「実は、我が主パン伯爵は、ライスター閣下に和議を申し入れたく思っておりまする」


「ほう? その言い方だと、パン殿だけでなくチャド公も和議に応じてくれるのかな?」


「左様にございます。北の要衝ハイラムが落ちてはロックハート城も長くはもちませぬ。ファーガソン地方の要であるロックハート城が落ちては、もはや閣下の軍に抗しようもございませぬ」


「ふむう。条件は?」


「概ねの条件は、我らの処分の上限は領地の半減まで、といったところを基本に考えております」


「ほう」


 今回の出兵の目的は、商国が動けぬ間においてのファーガソン地方の素早い併呑。

 これはいい話ではないかと私は思ったのだった。



 その晩――。

 男爵と細かい条件を話し合い、おおむね合意といった感じとなったのだった。

 そして、彼が帰るのと入れ違いに、今度はシャンプールの王宮からの使者が訪れた。


「……なんと? チャド公爵の降伏は受け入れられぬと?」


 使者は侍従長からの密使で、書面にはチャド公爵は必ず殺害してほしいとのことが書かれていたのであった。


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