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第161話……山賊

「なぜ降伏が許されぬ?」


 私は顔をしかめて使者に問う。


「侍従長様が仰るにはチャド公爵は野望多き有能者である故、今のうちに殺すべしと……」


「……ふむう。確かにチャド公爵はファーガソン地域において人望も名声もある。よってそれを殺せば陛下の威信が傷つきはしまいか?」


「わかりません。私はただの使いで、なんとも……」


「わかった。だがしばし時間をもらうぞ」


「はい」


 使者は、それ以上は押せまいと思ったのか、意外とあっさり引き上げていったのだった。



 ……だがどうする?

 普通は殺すには、やはり口実がいる。

 それ以外なら事故を装うか。


 そう思っていたところに再び使者がやってきた。

 今度はパン伯爵の使者だという。


「……なに? 明日の夜、私とチャド公爵と友好を深めるべく酒宴を催したいと?」


「はい。左様にございます。閣下と公爵と三人で内々の宴にございます」


「わかった。出席すると伝えてくれ」


「畏まりました」


 使者は深々と頭を下げて帰っていった。



「パン伯爵をお信じになりますか?」


 傍に控えるナタラージャが心配そうに言う。


「パン伯爵の身内はこちらの手にある。それに理由もなく私を斬ればチャド公の名誉に傷がつくであろう?」


「左様にお考えであれば、何も申し上げることはございませぬ」


 ナタラージャはそう言うも心配そうな顔をしていた。

 私はその後に準備を整え、明日の夜に備えたのであった。




◇◇◇◇◇


 当日の夜――。

 私はコメットに跨り、従者を二人だけつれて宴の会場に向かった。

 約束の場所には沢山の篝火が焚かれ、大きな幕舎があり、入り口に衛兵が二人だけいた。


「お腰のモノを預かりまする」


「うむ」


 私は愛剣を衛兵に預け、衛兵の案内にしたがい幕舎に入った。


「閣下! ようお越しくだされた。ささ、どうぞ上座へ」


 恭しく迎えてくれたのはチャド公爵であった。

 パン伯爵も脇でニコニコ顔だ。


「かたじけない」


 二人は私の下座に配し、敬意と歓迎の意を表す位置取りである。

 そして私は、チャド公爵もパン伯爵も腰に帯剣はないのを横目で確認した。


「まぁ、むさくるしい男が注いでも興ざめというモノ。飛び切りの美女を用意してござる」


「……ほぉ」


 パン伯爵がそういうのと同時に、きらびやかな衣装をまとった二人の美女が入ってきた。


「ささ、お酌を」


 旨い酒が注がれたと思うと、次は豪華な肴が運ばれてきた。

 蒸した魚や、燻製にした猪肉など、高価な香辛料が使われた料理が運ばれてきたのだった。


「いやぁ、武勇の誉れ高い閣下をお招きできて光栄にござる」


「いやいや、すべては陛下のご意向の賜物」



 暫し歓談し、若干酔いが回る頃合いに、衛兵たちによって大きな箱がもたらされる。


「公爵、これはなんですかな?」


「是非、開けてみてくだされ」


 チャド公爵は満面の笑みだ。

 どうやら怪しい仕掛けもなさそうだ。

 私がゆっくりと箱を開けると、中には趣の凝った金細工や大きな宝石、上質な絹などがぎっしりと入っていた。


「これはなにかな?」


「閣下への貢ぎ物にござる。陛下への分は別にありますゆえ……」


 ……ふむう。

 戦続きで国庫は火の車。

 これだけでもかなりの金額になる。


 ……しかし、侍従長はチャド公爵を殺せという。

 どうしたものかな。

 まさか贈り物までもらっておいて、だまし討ちなどはできぬ。


 どうしようかと思っているところへ、外の衛兵が幕舎の中へと飛び込んできた。


「公爵様! 山賊の襲撃です。急いでお逃げくださいませ!」


「なんと!」


 衛兵が急いで愛剣を返してくれる。

 私たちは幕舎を飛び出し、山賊の襲撃と逆方向へと走った。

 後ろを振り返ると、山賊の持つ松明らしきものが追ってくる。


 月明かりに照らされた狭いけもの道だけしか逃げ道はない。

 低い木を薙ぎ、生い茂る草むらをかき分けて逃げる。



「ぬ? 分かれ道じゃな?」


「ここは分かれて逃げましょう」


「うむ」


 チャド公爵とパン伯爵はそれぞれ違う道を駆けていった。

 私はどうしようかと迷ったが、すぐに異変を感じる。

 不思議なことに、山賊らしきものたちが追ってこないのだ。


 松明の明かりも足音もしない。

 私は耳を澄まし、目を凝らしながらに来た道を戻った。



「……よしよし」


 その途中でコメットを発見することに成功。

 すぐさま騎乗してその場を離れ、王国軍の陣に帰ることに成功したのであった。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。

 薄暗い中で山賊狩りをする。

 高位貴族が賊に襲われっぱなしとあっては、王国全体の沽券にかかわる。


「散開!」


 私は四方に斥候を送り、状況を掴もうとするも、山賊などの痕跡は見つからない。


「絶対に足跡はあるはずだ。くまなく探せ!」


「はっ!」


 明るくなったところで、偵察に騎兵を多数投入。

 だが、一向に手がかりはなく、状況は好転しなかった。


「おかしゅうございますね」


「ああ」


 ナタラージャも異変に気づいたようだ。

 痕跡を残さない襲撃方法は山賊の手法ではなく、隠密行動を主とする暗殺者などのやり口だ。

 ……だが、奴らの狙いは何なのだ?


「閣下! ご無事でいらっしゃいましたか!」


「おう、パン伯爵! ご無事で何より」


 パン伯爵は衣服がぼろぼろに成りながらも、偵察に出した騎兵部隊が連れ帰ってくれた。



「ご注進! ご注進!」


 陽が十分に昇ったころに急使が飛び込む。


「どうした?」


「はっ! 貴人の遺体を発見いたしました!」


「場所を案内せよ!」


「はっ!」


 私はナタラージャと共に、ドラゴネットに跨り現場へと駆ける。

 たどり着いた草むらには、金目の物をはぎ取られたチャド公爵の変わり果てた姿があったのだ。


「これは酷い! 公爵の仇だ、山賊どもの巣を見つけ次第に焼き払え!」


「はっ!」


 私は声を張り上げて、大勢の部下に聞こえるよう命令する。

 我ながら臭い演技だ。


 恐らく公爵を襲ったのは、シャンプールの王宮から送られた暗殺者であろう。

 指示したのは、フィッシャー侍従長に違いない。


 ……だが、証拠などは何もない。

 王宮の公文書には、チャド公爵は山賊の襲撃で殺害されたと記されたのだった。

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