統一歴570年6月――。
チャド公爵の死により、ファーガソン地域の貴族はオーウェン連合王国へと次々に帰順。
ロックハート城の城主は自決し降伏した。
地域の中心都市城塞であるゴールドバーク城も抵抗せずに開城したのであった。
また、ファーガソン地域の北西部にあるノイジー要塞に、王国に靡かない残党が立て籠もったが、内応者続出により瓦解し逃亡。
要塞は放棄され、王国軍に接収されたのであった。
「我が軍の勝利だ!」
「「おう!」」
こうしてオーウェン連合王国は旧領をすべて回復。
反乱側の貴族領を削減することに成功したために、以前より王国直轄地や都市利権は大幅に増加。
チャド公爵領攻略作戦は、結果的に王国の税収好転に大いに貢献したのであった。
私は軍をまとめて新王都エウロパに凱旋。
兵士たち共に、大いなる祝福と歓声を浴びることになったのであった。
「出陣!」
私は従軍する兵士たちを交代させ、急いで東へと進出した。
ラム盆地の南にそびえる山岳地帯を越え、いまだ支配勢力が安定しないアタゴ平原に軍を展開したのであった。
王国軍の西での戦果は伝わっており、アタゴ平原の多くの地方貴族が王国側に靡いた。
また、フレッチャー共和国軍に包囲されていたネト城を救援。
「我らの勢い誰にも止められぬ! 軟弱な共和国兵を蹂躙せよ!」
「「おう!」」
平原での竜騎士と騎馬を用いた機動戦で金床戦術を展開。
こちらの二倍の兵力を擁する共和国軍を激闘の末に破ることに成功。
ネト城の解囲を成功させ王国の武威を知らしめ、救出した城内の都市の居住民に大いに歓迎されたのであった。
◇◇◇◇◇
ネト城内――。
私は先日の激戦で先頭に立って指揮をしたために、多数の傷を負った。
傷は思うより深く、そのために床に臥せっていた。
情けない話だが、毒矢を背中だけで三本受け、矢じりと毒を摘出する外科処置を受けたばかりであった。
「宰相閣下、そろそろ収穫期です。どういたしましょう?」
ナタラージャが問う。
我が軍は今回、農兵を多く連れていた。
それに多くの地方貴族たちも、農繁期には農業に従事する者も多かったのだ。
「私に遠慮することはない。新王都に凱旋する」
「畏まりました」
家臣たちに馬車を勧められたが、私は固辞。
手負いの姿などを、敵味方の兵に見せては不味い。
私はやせ我慢して全身鎧を纏い、コメットに跨ったのであった。
……が、新王都エウロパに凱旋した後。
私は行軍の無理がたたり、高熱を発して、再び床に伏したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴570年9月――。
新王都で初めての収穫祭が無事に行われた。
私は床に伏したままで、祭りを窓から眺めるだけであった。
「宰相、容体はどうだ?」
「あまり芳しくありませぬ」
陛下のお見舞いに際し、私は無理をして体を起こすが、全身に雷が落ちるような激痛が走る。
「……うう」
「無理をいたすな。そなたの傷は名誉の戦傷じゃ。ゆっくりと癒すのじゃ」
「……はい」
私は日ごろから顔の火傷を覆い隠すために仮面をかぶっていたこともあり、王宮に影武者を立てるのは容易であった。
……だが、肝心の私の容態は一向に良くならない。
「毒創が多いのが治らぬ原因ですな。体中の古傷に毒が回り、体中に炎症が起きておりまする。生きておられるのが不思議というものです……」
遠くから招いた名医の見立てでも、簡単に直りそうはなかった。
むしろ治らない場合もあるとは……。
私は死んでしまうのか?
確かに戦場を駆け回り無数の矢傷はある。
だが、それは今まで勲章のようなものだと思っていたのだ。
……もし、死ぬならやるべきことをやっておかねば。
私はイオにお願いして、ペンと羊皮紙を持ってきてもらった。
「お前様、これでよろしゅうございますか?」
「ああ、ありがとう」
私がしておかねばならぬこと。
それはサラマンダー要塞の守将であるエビクロティアを何とかすることだった。
なにしろ奴は、雷の大魔法を用いて大軍を退ける人知を超える存在。
彼を除くために、黄金竜の力を借りることだった。
私は老竜に手紙を記し、老竜の娘であるジュラーヴリクに託した。
聞き届けられるかは運を天に任せるしかないのだが……。
その後も私は寝床に居ながら、昼夜を問わず軍政と内政に精を出した。
戦場においては感じられぬ、後方の文官の苦労が染みてわかったのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴570年11月――。
アタゴ平原からの収穫もあり、王国の国庫は幾ばくか潤った。
私はその財を使い、商国の北部に居する反乱勢力を支援する策謀を続けていた。
商国に北の憂いがあるうちに、商国に二方面作戦を強いて滅ぼさねばならぬ……。
私は陛下に商国への出兵を奏上。
騎兵二千、歩兵三万六千の編成及び、ケード連盟からの援軍を六千。
計四万八千の遠征軍の兵站の整備計画も併せて提出した。
「よかろう、宰相の案を採用する」
王宮会議での決定は、ほぼほぼ私の案が採用された。
だが、総大将はオルコック大将軍が任じられ、私が前線にでることは固く禁じられたのであった。
オルコック率いる五万の遠征軍は新王都エウロパを出立、途中ノイジー要塞で最後の補給を済ませ、ガーランド商国領になだれ込んだのであった。
その頃になると、私の容態も少しマシになり、好きな湯船に浸かることも多くなった。
だが、悔しいことに体が思うように動かない。
体を洗うにもイオの介助が必要なほどであった。
「イオ、すまぬな……」
「何をおっしゃいますか、お前様のおかげでわがリルバーン家は公爵という大身になりました。その恩は一族にとって海よりも深いモノにございます」
そういわれると悪い気はしない。
だが、私がいなくてもリルバーン家と王国が困らぬようにせねばならぬ。
私は、平民であっても優秀であれば官吏として登用。
それに反対する貴族家には、有形無形の圧力をかけて黙らせていったのであった。