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第164話……謎の雷鳴

 統一歴570年12月中旬――。


 商国軍と王国軍は、サマル川という小さな川を挟んで対峙した。

 王国軍の兵力は現地の地方貴族の寝返りで膨れ上がりその数五万、商国軍は二万の二倍以上の数となっていたのだ。

 だが、商国軍側は小高い台地になっており、地の利を得ているのは商国軍側であった。


 空は曇天で、チラチラと雪が舞う。

 ガーランド地方は温暖で積雪を恐れる必要はなかったが、流石に川の水は冷たく、渡河は大きなリスクを伴うことが予想された。



 オーウェン連合王国軍側本陣――。

 オルコック将軍は諸将を集め軍議を開いていた。


「オルコック将軍、敵は柵を敷設しはじめ、持久戦に持ち込もうとしております」


「ふむう、だが無理に渡河するのは下策に思うのだがどうかな?」


 この頃のオルコックは経験を積み、人の意見をよく聞く慎重な将となっていた。


「しかし将軍、もし北部の反乱軍とカン率いる商国軍が和解でもすれば、我らは挟み撃ちになるやもしれませぬ。ここは別動隊を組織し北側から迂回し渡河させるべきでござる」


 本来ならサマル川には橋が架かっていたが、商国軍にあらかじめ壊されていた。

 よって、川幅が狭くなる北側の上流に、渡河部隊として別動隊を派遣させる作戦が有力視されたのだ。


 だがここで伝令が飛び込み、思わぬ一報が入る。


「敵方のギブソン伯爵がこちらに寝返りたいとのこと。これが書状にございまする」


「見せよ」


「はっ」


 オルコック将軍は書状を検めた。

 上質な羊皮紙に達筆な文字で、本領を安堵してくれるなら、王国軍の攻撃と同時に寝返るとの内容だった。


 すでに戦況の悪化により、商国から王国側に付いた貴族は多い。

 商国側の防衛の要である城塞都市のサラマンダーを攻略したのは、戦略的にも心理的にも大きかったのだ。


「正面攻撃が可能であれば、迂回作戦をすれば兵力の分散の愚だ。明朝の攻撃に備え、今から担当位置を協議する」


「はっ」


 寝返りの期待ができるギブソン伯爵の部隊は、商国軍の最左翼を担当していた。

 よって王国軍側の攻撃目標としては、商国軍の右翼を中心に定められた。

 大まかな作戦が決まると、諸将は決められた場所に部隊を移動するべく四方に散っていったのだった。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。

 寒さ対策のために、王国軍は陽が高くなってからの攻撃となった。


「攻め寄せよ!」


 オルコックが指揮刀を振り下ろしたのを合図に、王国軍の攻撃は開始された。

 大きな銅鑼が割れんばかりに轟音が連打され、兵士たちの戦意をかきたてていく。


「放て!」


 お互いの軍が弩や弓矢を打ち合う。

 さらには魔導士たちによる魔法もさく裂し、お互いの前戦は混とんと化していく。


「第一戦列隊、渡河せよ!」


 王国軍の左翼を担当するギラン伯爵が、渡河作戦への移行を指示。

 左翼の第一戦列は、商国から寝返った貴族たちの部隊で構成されていた。


 サマル川は小さな川ではあったが、数日前の降雨により水嵩が予想以上にあり、流れも強かったために兵士たちの足を大いに絡めとった。


「裏切者どもへ、斉射を食らわせてやれ!」


 商国の弩兵隊は、川の水で自由を奪われた王国軍の歩兵たちに、激しい矢の雨を降らせた。

 王国側の渡河部隊には、薄い鉄板が張られた大きな盾が配給されており、意外なほどに被害は出なかった。


 ダダーン!!


 雷鳴のような謎の音が聞こえたと思うと、王国軍の前衛である盾部隊が次々に倒れていった。

 そのため、その後ろに配置された長槍兵や騎士が、矢の雨に晒される。


「後退しろ!」


 被害が甚大となるのを恐れたギラン伯爵は退却を指示。

 こうして王国軍左翼を中心とした攻勢は、初日は失敗に終わったのだった。


 翌日――。

 王国軍は戦線全域での一斉攻勢にでた。


 渡河に移った王国軍中央部隊の前衛は、大きな盾と金属鎧を纏った王国軍自慢の重歩兵であった。

 重歩兵隊にも矢の雨が降り注ぐが、被害は皆無。

 一部、魔導士の魔法にやられた者が若干名といったところだった。


 ダダーン。

 重歩兵隊が川を渡り切ろうとしたときに、再び雷鳴のような音が鳴り、重歩兵隊がバタバタと倒れた。

 盾役の前衛が倒れたことにより、後続部隊は雨の矢にやられていく。


「退け、退け!」


 前線指揮官たちは一斉に退却指示を出したが、昨日と違って川を渡り切った兵士たちもおり、退却は一筋ならではいかなかった。

 商国軍は台地の上の柵内から出てこず、王国軍の被害は一方的なものとなっていく。


「卑怯者! 柵から出て戦え!」


 こう叫ぶ王国軍の騎士にも、無言で矢の雨が降り注ぎ、ハリネズミのようになって落馬。

 その躯は無残に川に沈んでいった。


「いかん! 魔導士隊に撤退を支援させろ!」


「はっ」


 オルコック将軍は、本営近くに配備していた虎の子の魔導士部隊を前線に投入。

 火球の魔法を次々に敵陣に叩きつけ、撤退を支援したのであった。


 中央部隊は魔導士部隊の支援もあり、撤退は巧くいったが、左翼部隊や右翼部隊の被害は甚大。

 僅か二日でかなりの兵士が死傷したのであった。


「敵のあの攻撃は、一体何だ!? それにギブソン伯爵の裏切りはどうなっておる?」


 オルコック将軍のみならず諸将も疑問に思うことは同じであった。

 さっそく隠密部隊を編成して情報収集を開始。

 その間、王国軍の攻撃は散発的なものにとどめられたのであった。

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