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第166話……低山争奪戦!

 日の出とともに王国軍の猛攻は始まった。

 その両軍の喧騒に、近くの水鳥たちが驚いて羽ばたく。


 商国軍が布陣する小高い台地に対し、王国軍の投石車やバリスタの石弾が大気を震わせる。

 それと同時に、突撃を支援するべく長弓や弩が唸りをあげて矢を放った。


 短期決戦が主眼であるから、もう矢の残弾を気にする必要はない。

 陽が陰ったように見えるほどの大量の飛び道具が商国軍を襲った。


「掛かれ! 攻め寄せよ!」


 飛び道具の支援の下、王国軍の前線の戦列が盾を構えて前進。

 銅鑼や戦太鼓が連打され、兵士たちの戦意を鼓舞していく。


 最も激戦となった王国軍右翼最前列は、キッドマン伯爵が担当していた。

 これに対する商国軍は、戦術的に有利である低山に陣取っていたが、その分兵数は少なかった。


 この布陣を見て、キッドマン伯爵は強攻を命じたのだ。

 キッドマン伯爵が狙うこの低山。

 平地が多いこのあたりでは最も標高の高い山であり、そのため戦術的に非常に価値のある場所だったのだ。


「騎兵も投入せよ!」


 伯爵の命令により、騎乗の騎士たちが突撃する歩兵たちを追い抜き、一斉に斜面を駆けあがる。

 王国の騎士階級は農業に従事しない専従の戦闘員である。

 そのため、装備もよく練度も高かった。


「怯むな! 駆けあがれ!」


 ランスを掲げて突っこむ騎士たちに、商国軍は柵の中から矢の雨を降らせる。

 キッドマン伯爵が予想したように、この戦域では高地の優位性から、商国軍側に火縄銃の装備はなかった。

 よって、矢で馬が倒れることがあっても、騎士たちの装甲は矢に対して有効であったのだ。



「よし引き倒せ!」


 商国軍の陣地にある柵にロープを巻き付け、歩兵隊が一気に引き倒す。

 その作業中もバタバタと兵士たちが倒れるも、キッドマン伯爵は撤退を許可しなかった。


「良し! 次だ!」


 何重にも張り巡らされた柵が、一枚、また一枚と引き倒される。

 ついにはすべての柵が引き倒されて、商国軍と白兵戦となる部隊も出てきた。


「いまだ! 後ろに控えている予備隊を全て戦域に投入せよ!」


「はっ!」


 キッドマン伯爵は勝機とみて、予備の部隊を全て戦線に投入。

 伯爵の周りを固める騎士にまでも突撃を命じた。


 開戦から2時間後――。

 キッドマン伯爵率いる王国軍最右翼は、ついに低山に陣を張る商国軍を追い出し、山頂をその支配下に置いたのだった。



「取り返せ!」


 この低山は戦術的な要地のため、商国軍も慌てて取り返そうとする。

 キッドマン伯爵の部隊を襲った新手は、なんとギブソン伯爵の部隊であった。


「……」


 暫し息をのみ、戦線の様子を見るキッドマン伯爵。

 要地である低山の確保を確認すれば、不利を悟ったギブソン伯爵は寝返るのではないかと計算していたからだ。


「放て!」


 だが、ギブソン伯爵に寝返るそぶりはない。

 逆に、暴力的な数の弩の矢が、キッドマン伯爵の部隊を襲う。

 それに抗したいが、彼の部隊は開戦から戦い続けのため、疲労の色が色濃く出ていた。


「退け、退け! 退いて陣を立て直す!」


 ギブソン伯爵が率いる新手の猛烈な勢いに、ついにキッドマン伯爵の部隊は低山から追い落とされたのだった。



 最右翼がそのような激戦をつづける中。

 王国軍左翼や中央部隊も、し烈な戦いを演じていた。


 王国軍の中央隊や左翼に対する商国軍は、さほど有利な地形に陣取ってはいないが、火縄銃という最新兵器が猛威を振るっていた。

 この火縄銃という兵器は取り扱いが易しく、火縄銃を扱うものが倒れても、近くの味方が新しい銃手となったのだ。

 とくに商国軍中央はその火力が猛烈で、対する王国軍の将兵がバタバタと倒れていったのだ。


「両翼を拡げて対応せよ! 予備隊は右翼と左翼に加勢せよ!」


 オルコック将軍は中央の無理押しが難しいと判断。

 両翼に、虎の子の戦術予備の全てを投入したのだった。




◇◇◇◇◇


 商国軍本営――。

 前線から少し離れたところで、商国の王であるアドルフは病気の体をおして、馬上で指揮を執っていた。


「ご報告! 敵の予備隊が両翼に回りました!」


「よし、こちらの予備隊は左翼の援護を行え! 余は自ら親衛隊をもって右翼を支援いたす!」


「はっ!」


 商国軍の左翼は地形的優位があったが、右翼は川幅も狭く、開けた土地が拡がっていたのだった。

 そのため、右翼陣地は数に圧倒される可能性が高かったのだ。


 そこに、アドルフ王は二千の騎乗の親衛隊を自ら展開した。

 この親衛隊、身分を問わず戦闘に長けたものが選抜された精鋭であり、さらにすべてが騎乗のため、高い機動力も兼ね備えていたのだ。



「騎兵が寄せてまいりました!」


「よし、迎え撃つぞ!」


 商国軍右翼陣地後方に展開したアドルフの眼前に、王国軍の騎兵部隊が突っ込んでくる。


 王国軍の騎兵は防御の厚い前面を迂回。

 柵などの少ない商国軍の右翼側面を目指して機動していく。



「掛かれ!」


 そんな王国軍騎兵に向かって、アドルフ率いる親衛隊は勢いよく突っ込んでいった。

 王国軍の騎兵が装備するランスの長さは凡そ4m。

 それに対し、商国の親衛隊の装備するランスは6mであった。


 この長さの差だけでなく、練度の差も相まって、王国軍の騎兵隊は突き崩された。

 バタバタと馬から落ちる王国軍の騎士たち。


 それをめがけて、商国軍の弩兵が狙い打つ。

 騎士は馬に乗っていればその速度ゆえに、なかなか狙いをつけられない。

 だが、一度馬を失えば、弩兵たちはその鎧の隙間めがけて狙い撃ったのだ。



「このまま、敵の本陣を突くぞ!」


 アドルフ王の親衛隊は王国軍の騎兵部隊を撃破した後。

 王国軍の左翼部隊を迂回し、一気に馬を駆け逆襲に転じたのだった。


「なんだと!?」

「本陣を固めよ!!」


 相手が数に劣るため、大きな反撃はこないと思っていたオルコック将軍とその幕僚たち。

 慌てて警護の兵を前線から呼び戻し、急ぎ本営の守りを固めたのであった。


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