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第168話…………王の死

「陛下を下郎からお守りいたせ!」


 敵の王であるルドルフを守るように、近衛の騎兵の数騎が突出してくる。

 駆ける私の進路を、敵の精鋭騎士が立ちふさがった。


「どけ!」


 相手の長身ランスの刺突を愛剣で払い、素早く帰す刀で敵の胴を薙ぐ。

 これも相手が一人ならいいが、数騎の騎士を一同に相手しなければならない。


「でやっ!」


 近衛の騎士を数騎ほどなぎ倒すと、目当てである敵の王との距離が開く。

 あわててコメットの手綱を引き、急いで敵の王を追いかける。


「掛かれ!」

「逃がすな!」


 敵味方双方、引き連れてきた騎士同士が入交、乱戦と化していく。

 こうなると部隊統率がどうであるかという状況ではなく、個々の練度がモノを言った。

 双方、護衛する主人などにかまう余裕などない。


 そんな中、私はルドルフ王に追い付くと、その騎乗する馬に愛剣で刺突した。

 馬が絶叫し横転、敵の王は地面にたたきつけられる。

 私も素早くコメットから降り、素早く愛剣を構えなおした。


「下郎、何者だ!?」


「名乗るななどはない!」


 私は名乗りを上げる時間も惜しく、敵の王に斬りかかる。

 流石は王となれば、剣術の腕も確かであった。


 我流である私の荒々しい剣技が、正統派で美しい敵の剣技に威を吸収されていく。

 だが、私の力は魔物の剛力に比するものがあった。

 人間離れした剣戟の重さが、次第に相手を圧倒していく。


 時には、私は地面の砂を掴み、相手の顔めがけて投げつけたりもする。

 相手の剣技はさすがであったが、所詮は人間の膂力。

 しばしの剣戟の後、敵の王は片膝を地面に付いた。


「名もなき騎士よ、我が名はルドルフ。討ち取って名を挙げよ!」


「かたじけなし!」


 捕縛するという手もあったが、私は敵の王の名誉を守り、その首を一撃のもとにはねた。

 そして、その首を高らかに天に掲げたのだ。


「ルドルフ王、討ち取ったり!」


 私が大音声を上げると、周りの敵味方が、時間が止まったように動きを止めた。

 そして動き出すと同時に、その形勢は一気に味方に傾いたのであった。


「王の仇! いざ!」


「かかってきませい!」


 忠義の士は私にめがけ、憎悪を向けて一直線に斬りかかってきた。

 それを私は、魔物譲りの強大な膂力で、鋼の鎧ごと真っ二つに叩き切る。


 戦場は非情だ。

 忠義や礼儀、良心が幅を利かせる場ではない。

 私はすぐに名誉ある六人の敵騎士を、物言わぬ躯に変えいった。


 その惨状を見て、流石の王の近衛の騎士も馬首を翻し撤退。

 味方の騎士がそれを追う形となっていく。



「勝鬨を挙げよ!」


 私は大声をあげて、味方の優位性を示した。

 そして追撃に移る味方を鼓舞し続ける。


「宰相様、お怪我はありませぬか?」


 味方の竜騎士が私を見つけ駆け寄ってくる。


「大事ない、私にかまわず功を挙げよ!」


「はっ」


 私は追撃に移る勇敢な竜騎士たちを見送る。

 敵の王を討ち取れたのも、味方である彼らが寡兵にも関わらず、敵の精鋭と斬り結んでくれたからだ。

 所詮は一人の武だけでは、やはり戦局を変えるほどの力はないのだ。



「ご無事ですか?」


 暫し後に、アーデルハイトが駆け寄ってきた。


「……そ、そうでもない。ぐはっ」


 彼女が駆け寄ってくれたゆえに、今まで張りつめていた緊張の糸が切れた。

 そして、私は血を吐き、意識をなくし地面に倒れこんだのであった。




◇◇◇◇◇


 私が目を開けたのは、幕舎の中であった。

 体全体がきしむように痛く、動くことはままならない。

 横目で差し込む光がないのをみて、夜であることを確認した。


「御屋形様、お加減は如何ですか?」


 痛みをこらえ、ゆっくりと上体を起こし、声がする方向を見ると、ナタラージャの姿があった。


「あまり良くはない。それより戦況はどうなった?」


「我が方の大勝利です。味方は敵を追って、敵王都であるグスタフを占領したとのことです」


「……そ、そうか」


 私は安心して、再び粗末な寝具に体を戻す。

 そして、ひとつ大きなため息をついた後に、ナタラージャに伝言を頼んだ。


「商国の宰相に使者を出せ、そして停戦を協議させよ」


「はっ、畏まりました」


 私は基礎的な条件を記した羊皮紙をナタラージャに渡し、動かない体を再び休めることにしたのであった。




◇◇◇◇◇


 四日後――。


 交渉に出した使節が、私に交渉内容を報告してきた。

 限界を超えた魔力をも使って酷使した私の容態はあまりよくないが、王国の外交は巧くいったようだ。


 結論から言えば、商国はあっけなく王国に降伏した。

 それだけルドルフ王の存在は大きかったのだろう。


「その条件でよかろう。陛下にもご報告いたせ」


「畏まりました」


 私は幕舎の中に文官たちを集め、商国領の暫定的な統治方法を協議。

 それを、矢継ぎ早に実行していった。



「宰相閣下、お客様です」


「通せ」


 客とは商国の宰相であるカン殿であった。

 彼は私に対し、恭しく臣下の礼を取った。


「左様な礼は要らぬ。なにか手伝ってはくれぬか?」


「……で、あれば、我が亡き王の王族の助命嘆願をしたく存じまする」


「……ふむ」


 王族の助命にはいくつか障壁があった。

 それは幼いながらも、二人の王子の存在であった。


【車輪より背の高い男児は殺せ】


 それはこの世界の常識でもある。

 将来に禍根を残さぬよう、きっと侍従長は殺せというだろう。


 ……だが、占領地となるであろう商国の統治は一筋縄ではいかぬ。

 カン殿の手助けは必須であった。


「ご助命、約束いたそう」


「ありがたく存じまする」


 その後――。

 カン殿の助力が実を結び、商国の統治は穏やかに進んでいくのである。

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