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第35話 幼馴染に俺ができること

 理代と会えず、一週間が経過した。


 このままでは駄目なことくらいわかっていた。


 でも、俺は動き出せなかった。


 何をしてあげるのが正解なのか、わからなかったから。


 中学の不登校時は俺の部屋に来てくれた。でも、今は俺に顔を見せることすらしない。それくらい精神的に苦しんでいるのだろう。


 そんな状態の理代に会いに行けば、確実に嫌がられる。


 それでも、行かなくてはいけないと心が訴えかけてくる。


 もしかしたら、理代の心情が悪化するかもしれない。


 こんなことしなければよかったと後悔する可能性だってある。


 現状維持が正解なのかもしれない。


 けれど、理代がいつまでも引きこもったままで、この状況から変わる気配はしなかった。


 また笑ってほしい。


 楽しんでいる顔をしてほしい。


 泣いた表情や苦しんでいる顔をこれ以上見たくないし、してほしくない。


 理代にもっと拒絶されるかもしれないが、行動を起こさなければ何も変えられない。


 このままでいいわけがないんだ。


 一歩、踏み出さなくては。



 俺は自分の家を出て、隣の家の前までくる。


 選択を間違えれば、理代はより大きな心の傷を負う。

 慎重に、言葉を選んでいかなくてはならない。


 玄関を抜け、階段をゆっくり上り、とうとう理代の部屋のドアの前まで来た。


 静かに、深呼吸をしてから──


 コンコン、と小さくノックする。


「理代、俺だ」


 返事はない。

 不在でも寝ているわけでもないだろう。


 無視されている。

 その事実にチクリと胸が痛む。


 でもこれは想定の範囲内でもあった。

 だから、俺はめげずにドアの向こうにいる理代のことを想う。


 ドアを無断で開けて、無理矢理外へ連れ出すなんていう真似は絶対にしない。


 理代を言葉で支えて、外の世界にもう一度踏み出させる。


 それが、俺のなすべきことだ。


「その……ご飯とか、ちゃんと食べてるか?」


 久々に理代と会話したせいか、間違えた言葉選びをしたらより悪化するかもしれないという緊張のせいか、拙い滑り出しとなってしまった。


 そんな俺の問いかけに、返事はない。


 だが、微かに理代が動いた気配を感じた。


「少し落ち着いたらでいいから、また一緒にゲームしたり漫画読んだりしないか」


 ドアに向かって、俺は話し続ける。


「学校はさ、無理しなくてもいいから。ゆっくり理代のペースで進んでいくのが大切だと思うから」


 長く話すのも困らせるかと思い、今日はこの辺で切り上げた。



 * * *



 次の日も、その次の日も、俺は理代の元へ通った。


 そして毎日数分間だけ、一方的に話し続けた。


 これが良い方向へ働いているか、悪い方向へ働いているかはわからない。


 良い方向へ働いていると、信じるしかなかった。


 何か他にできることはないか。

 授業中も休み時間も昼休みも悩み続けた。

 ふと、手元にある食べかけのパンに意識がいく。

 これは購買で買ったものだが、購買生活になるまでは理代がいつも弁当を作ってくれていた。


 理代の弁当を食べた時と、今食べているパンでは、やはり弁当の方が美味しく感じる。

 料理の腕がいいのもあるだろうが、心を込めて作ってくれているのも関係しているだろう。


 俺も理代に何か返したい。


 食べてばかりじゃなく、料理を作って元気づけたい。


 食べ物は元気が出る。

 落ち込んだ時でも食べていると心が満たされていく。

 俺は理代の弁当でその気持ちを何度も味わった。


 たとえば、テストで悪い点を取った時。宿題を家に忘れてしまった時。弁当を食べると、少し心があったかくなった。


 今の理代にも料理が響くかもしれない。食べてくれない可能性もあるが、とりあえずやってみるしかない。



 学校が終わって家に帰った俺は荷物を置き、近所のスーパーへと向かった。


 材料を次々にカゴへ入れて、レジで会計する。


 少し重みのあるバッグを抱えて家まで戻ってくると、早速準備に取り掛かかった。


 キッチンで箱に記載された作り方を見ながら、材料をボウルで混ぜ合わせる。


 できた生地をフライパンに垂らして焼いていく。


 ある程度焼けたらフライ返しでひっくり返す。なかなかうまくいかず手こずったが、なんとかひっくり返せた。


 程よい焼き色が付いていて、いい香りが漂う。


 両面焼けたら皿に盛り付けて蜂蜜をかけた。


 理代へのおやつとして、パンケーキを作ってみた。

 初めてだったが、無事焦げずに完成させられたようだ。



 パンケーキとフォークを持って、理代の家に上がり、部屋の前まで来る。


 コンコンと軽くノックをして、


「理代」


 と呼んだ。


「いつも弁当作ってもらってるから、そのお礼にというか、まあ元気出して欲しいというか……その、パンケーキ作ってみたんだ」


 言葉にしてみると、いきなりパンケーキを作って持ってきた自分がなんだか意味不明な行動をしているように思えてきた。

 そのせいで、若干自信をなくしかけた話し方になってしまった。


「とりあえず、ここに置いておくから、よかったら食べてくれ」


 ドアの横あたりにパンケーキの載った皿とフォークを置いた。


 食べてくれるだろうか。

 美味しいと感じるだろうか。


 料理を作る側ってこんな気持ちなんだなぁと、そわそわしたまま俺は自分の部屋へ戻って行った。



 しばらくして……。


 食べてくれたかどうか気になりすぎて、理代の部屋の前へ確認に行った。


 するとそこには真っ白な皿と使われた形跡のあるフォークが置かれていた。


 俺は小さく頰を緩めながら、皿を回収したのだった。

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