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第36話 幼馴染の心情

〈理代視点〉


 わたしは、たーくんに救われてきた。


 その分、たくさんの迷惑をかけてきた。


 その足を引っ張ってきた。

 何度も、何度も。


 だから、たーくんの伸ばす手を掴むわけにはいかなかった。

 これ以上、迷惑をかけるわけにはいかなかった。


 わたしは自分でなんとかしなきゃいけないんだ。


 なのに……。


 学校のことを考えると明坂さんのことを思い出してしまって、どうしても行く勇気が出ない。震えが止まらない。


 こんなわたしにはカーテンの閉め切った暗い部屋がお似合いなんじゃないかって。わたしが明るくなろうとしたのは間違いだったんだって。


 それでも、たーくんはわたしの元へ毎日やってきた。この間はパンケーキを作ってくれた。

 パンケーキは少し粉っぽさはあったけれど、すごく美味しかった。

 きっといっぱい悩んで作ってくれたのだと思う。


 その優しさが嬉しくて、辛くもあった。


 わたしには、たーくんに返せるものなんて何もないのに。


 申し訳なさすぎて、どうすればいいのかわからなかった。


 たーくんになんで返すのがいいんだろう。


 もう何日も一方的に話しかけてもらって。今更なんて顔をしてたーくんの前に出ればいいんだろう。


「……ごめん、なさい」


 謝ったところでたーくんには届かない。そんなことわかりきっているのに、わたしは涙ながらに謝罪を口にした。


 たーくんは昔から優しかった。


 いつだってわたしを支えてくれた。

 その気持ちにずっと甘えてきた。甘えてしまった。



 * * *



「ひとりで、なにしてるんだ?」


「……おえかき」


 幼稚園生の時、わたしが一人で遊んでいると、たーくんが話しかけてきた。


 みんな外で遊んでいるのに、一人で黙々とお絵描きしているわたしにわざわざ……。


「すごくうまいじゃん」


「そ、そうかな……?」


「ぼく、そんなうまくかけないもん」


「あ、ありがと。たく、くん」


 たくくんと言いづらくて少しつっかえてしまった。


「……たくくんってよびづらいね。あの、たーくんってよんでもいい?」


 わたしがそう訊くと、


「うん!」


 と満面の笑みで、たーくんは受け入れてくれた。


 家が隣同士だということもあって、わたしたちは仲良くなっていった。



 * * *



 幼稚園から小学校へ上がっても、わたしたちは仲が良いままだった。むしろ深まった。


「たーくんには、わたし以外にも友達いるじゃん?」


「え……うん」


 わたしと違ってたーくんには友達がいる。でも、たーくんはわたしとばかり遊ぶことが多かった。


「それなのに、わたしとばかり遊んでていいの?」


「理代と遊ぶ時はなんていうか、まったり遊べるんだ。まるで家族みたいな感じで居心地が良くて。友達と遊ぶのも楽しいけど、理代とこうやってダラダラ遊ぶ方が息抜きって感じで好きかもなーって」


「そっか。えへへ……」


「……?」


 なんだか友達よりも特別扱いされているみたいで嬉しかった。



 * * *



 中学生になって、明坂さんに色々言われてわたしは塞ぎ込んだ。

 そんな中でも、たーくんの部屋にだけは行けた。どんな場所よりも、たーくんの部屋の居心地がよかったから。


「わたしは、いらない存在なのかな……」


「そんなことないさ。理代がいなくなったら、俺多分泣くぞ?」


 ゲーム中にぽつりと吐いた弱音に、軽口混じりで応じてくれるたーくん。


「どれくらい泣きそう?」


「ティッシュ3箱分くらい」


「ふふっ……」


 そのなんとも言えない回答にわたしは笑ってしまった。


「なんだ?」


「ううん。……ありがとう」



 * * *



「理代、いいか」


 過去を振り返っていると、コンコンとノックをして、たーくんが今日もやってきた。


 とりとめもない話をして、急かすようなことは絶対に言わない。責めるようなこともない。


 わたしはいつになったらここから抜け出せるのだろう。

 ずっと、たーくんに迷惑をかけ続けるつもりなのだろうか。


 いつまでも救ってもらえるなんて甘えるつもりなのか。


 このままは、嫌だ。


「……たーくん」


 小さく、口に出した。


 聞こえたか不安だったが、たーくんの語りかけが止まった。微かに息を呑んだのが聞こえてくる。


 きっと驚いたのだろう。

 ずっと、わたしは無言だったから。


 たーくんにこんなことを言うのは恩を仇で返す形になるから怖かった。


 でも、こう言うしかない。


 これ以上は、たーくんに迷惑をかけらない。


「……もう、来なくていいから」


 わたしははっきり告げた。


 たーくんに甘えずに一歩を踏み出さなくては意味がない。


 頼ってばかりいられない。


 そんなことが果たしてできるのか全くわからない。とてもできる気なんてしてこない。


 でも、わたしはたーくんに恩を返さなくてはいけない立場なんだ。


 だから、だから……。


 これ以上、手を差し伸べないでほしい。


 その優しさが、痛いよ。

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