〈理代視点〉
わたしは、たーくんに救われてきた。
その分、たくさんの迷惑をかけてきた。
その足を引っ張ってきた。
何度も、何度も。
だから、たーくんの伸ばす手を掴むわけにはいかなかった。
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかなかった。
わたしは自分でなんとかしなきゃいけないんだ。
なのに……。
学校のことを考えると明坂さんのことを思い出してしまって、どうしても行く勇気が出ない。震えが止まらない。
こんなわたしにはカーテンの閉め切った暗い部屋がお似合いなんじゃないかって。わたしが明るくなろうとしたのは間違いだったんだって。
それでも、たーくんはわたしの元へ毎日やってきた。この間はパンケーキを作ってくれた。
パンケーキは少し粉っぽさはあったけれど、すごく美味しかった。
きっといっぱい悩んで作ってくれたのだと思う。
その優しさが嬉しくて、辛くもあった。
わたしには、たーくんに返せるものなんて何もないのに。
申し訳なさすぎて、どうすればいいのかわからなかった。
たーくんになんで返すのがいいんだろう。
もう何日も一方的に話しかけてもらって。今更なんて顔をしてたーくんの前に出ればいいんだろう。
「……ごめん、なさい」
謝ったところでたーくんには届かない。そんなことわかりきっているのに、わたしは涙ながらに謝罪を口にした。
たーくんは昔から優しかった。
いつだってわたしを支えてくれた。
その気持ちにずっと甘えてきた。甘えてしまった。
* * *
「ひとりで、なにしてるんだ?」
「……おえかき」
幼稚園生の時、わたしが一人で遊んでいると、たーくんが話しかけてきた。
みんな外で遊んでいるのに、一人で黙々とお絵描きしているわたしにわざわざ……。
「すごくうまいじゃん」
「そ、そうかな……?」
「ぼく、そんなうまくかけないもん」
「あ、ありがと。たく、くん」
たくくんと言いづらくて少しつっかえてしまった。
「……たくくんってよびづらいね。あの、たーくんってよんでもいい?」
わたしがそう訊くと、
「うん!」
と満面の笑みで、たーくんは受け入れてくれた。
家が隣同士だということもあって、わたしたちは仲良くなっていった。
* * *
幼稚園から小学校へ上がっても、わたしたちは仲が良いままだった。むしろ深まった。
「たーくんには、わたし以外にも友達いるじゃん?」
「え……うん」
わたしと違ってたーくんには友達がいる。でも、たーくんはわたしとばかり遊ぶことが多かった。
「それなのに、わたしとばかり遊んでていいの?」
「理代と遊ぶ時はなんていうか、まったり遊べるんだ。まるで家族みたいな感じで居心地が良くて。友達と遊ぶのも楽しいけど、理代とこうやってダラダラ遊ぶ方が息抜きって感じで好きかもなーって」
「そっか。えへへ……」
「……?」
なんだか友達よりも特別扱いされているみたいで嬉しかった。
* * *
中学生になって、明坂さんに色々言われてわたしは塞ぎ込んだ。
そんな中でも、たーくんの部屋にだけは行けた。どんな場所よりも、たーくんの部屋の居心地がよかったから。
「わたしは、いらない存在なのかな……」
「そんなことないさ。理代がいなくなったら、俺多分泣くぞ?」
ゲーム中にぽつりと吐いた弱音に、軽口混じりで応じてくれるたーくん。
「どれくらい泣きそう?」
「ティッシュ3箱分くらい」
「ふふっ……」
そのなんとも言えない回答にわたしは笑ってしまった。
「なんだ?」
「ううん。……ありがとう」
* * *
「理代、いいか」
過去を振り返っていると、コンコンとノックをして、たーくんが今日もやってきた。
とりとめもない話をして、急かすようなことは絶対に言わない。責めるようなこともない。
わたしはいつになったらここから抜け出せるのだろう。
ずっと、たーくんに迷惑をかけ続けるつもりなのだろうか。
いつまでも救ってもらえるなんて甘えるつもりなのか。
このままは、嫌だ。
「……たーくん」
小さく、口に出した。
聞こえたか不安だったが、たーくんの語りかけが止まった。微かに息を呑んだのが聞こえてくる。
きっと驚いたのだろう。
ずっと、わたしは無言だったから。
たーくんにこんなことを言うのは恩を仇で返す形になるから怖かった。
でも、こう言うしかない。
これ以上は、たーくんに迷惑をかけらない。
「……もう、来なくていいから」
わたしははっきり告げた。
たーくんに甘えずに一歩を踏み出さなくては意味がない。
頼ってばかりいられない。
そんなことが果たしてできるのか全くわからない。とてもできる気なんてしてこない。
でも、わたしはたーくんに恩を返さなくてはいけない立場なんだ。
だから、だから……。
これ以上、手を差し伸べないでほしい。
その優しさが、痛いよ。