城外の山裾から中腹にかけて広がる深い竹藪。
まるで闇市までの道を隠すように薄く霧が立ち込める異様な光景は、そこに乾いた殺意があることを肌に感じさせる。
「気をつけましょう。この霧は怪異です。おそらく、近くに
出品されている物はすべて非合法な手段で集められたもの。
その過程で「死」が無かったと言えば、真っ赤な嘘だ。
それを承知のうえで訪れる客の中には、身分の高い者も多い。
道に残る轍の特徴から、それが窺える。
『
広く開かれた外苑には視界に映り切らないほどの店が並び、いたるところで商談の声が聞こえる。
時折、やけに甘いにおいや不快な異臭が鼻を掠める。
「これが闇市か……。あれは何?」
「
「血の酒?」
「主に
「あれは違うだろう。
鋭い怒気を孕む空気が流れる。
「あの『
説明を聞き終わるとすぐに店へ向かって行こうとする
「何故止めるんだ」
「今あの店を潰したところで、何の意味も無いからです」
「どうして」
拳を握り締め、
「災害や虫害で凶作の地域には国から救済金が支給されますよね。陛下は英明で皇太子殿下はすでに賢聖と名高い。ですが、地方の官吏まで同じ志だとは限らないのです」
「だが、救済の主事には」
「皇太子殿下は常に公正で、柔軟に対応し、全ての民が救われるよう尽力されています。しかし、皇太子殿下が帰還した後は? 皇太子殿下が主事を出来ないときは?」
「官吏たちは地方豪族と手を組み重税を課し、救済金を食い物にしています。その結果、子供達は売られ……」
「もういい、わかった」
「戦場が長かったのです。
「腐敗した者達のせいで自由に生きる権利を失った民がいるということは、他にもそういった品が……、ここには多くあるのだな」
「はい。人間というのは、余すことなく使い切ることが出来ますから」
腸は楽器の弦として使われることも多く、これも呪具となる。
その他の臓器は祭祀に使われたり、乾燥させてすり潰し、目的別の薬に調合されたりする。
「
広い闇市の中をずっと歩いていくと、複数人が金額を叫びながら店主に詰め寄っている一角があった。
「あそこか」
「そうです。あの様子だと、価値の高い情報が売買されているようですね。店主は提示される金額に満足していないようですけど」
「では、私の出番だな」
人々を押しのける
「必要なだけ用意できるが、どうする?」
店主は金と
小声で文句を口にしながら散り散りになっていく客を目で追いつつ、店主は「どちらから?」と微笑んだ。
「そちらの方は護衛ですか」
「そうだ」
次の瞬間、店主の首に
「なるほど。その腕は一級品ということですね。いやいや、すみません。ちょっと試しただけです」
店主は袖の中にひそめた暗器を机の上に出し、
「次は殺す」
「ご安心を、護衛の方。闇市の規則の一つに、商い中の殺人はご法度と成っております」
「では、主人を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
店主が下がってすぐに別の男が現れた。
羽振りの良さそうな上質な衣服に、上等な玉をあしらった髪の装飾。
その顔は毒蛇を思わせる冷たさと妖しさを纏っている。
「私はこの店、そして闇市の主人であります、
「星図が欲しい」
「季節は?」
「春と秋を、すべて」
「たしか
「誰が質問していいと言った?」
それはあまりに冷ややかで、
「申し訳ありません。手持ちの星図をすべてお渡しいたします。金額は一つにつき馬蹄金七つでいかがでしょうか」
「決まりだ」
店員によって運ばれてきた星図は全部で九十。
馬蹄金一つで金一両 (約六十万円)なので、全部で六百三十両 (約三億七千八百万)支払った。
「他に何かお手伝いできることはございますか」
「ない。いい取引だった。ごきげんよう、
受け取った星図を
すると、
書房へ入ると、机の上に置いてある密書の中から一つ取り出し、中を確認する。
「……やはり。ここで止めておいたのは正解だったな」
獲物を睨みつける蛇のごとく煌めくその目が捕えたのは、まるで美人画のように艶やかな男性の手配図。
裏社会でばら撒くよう指示されたものだったが、あえて
その読みは、正しかったようだ。
一方その頃、
すると、
それにはこう書かれていた。
『見つけた古い目録によると、全部で百三十三基分盗まれたらしい。すべて三百年以上前の墓のため、皇族の
「だそうです」
「……これ、
購入した星図を見ていた
「これって……」
「だろう? あの闇市があった山から見た秋分の星図だ。間違いない。戦場では有利に戦を進めるために観天望気をするから、星の位置はよくわかるんだ。それに、この星図だけ明らかに原本ではなく『写し』だ。使われている紙が新しすぎる」
「とにかく、明日行ってみましょう。近付いてみて危険だと判断したらすぐにその場から……」
「危険なものならば、その正体を知り、対処するべきだ。もし何かのきっかけで民が傷つく可能性があるならば、取り除かなければ」
「わかりました。
「私も
あたたかな光が胸に灯る。
二人は一度
陽も暮れ、夜の帳がおり始める。
風に雪が混じり、首元を滑る冷たさは格別だ。
「なかなか見つからないな。あえて隠されているのかもしれない」
「わたしもそう思います」
「いったい、この町の人々は何を恐れているんだ」
「こんな時間になっても灯りを絶やさないとなると、災害に近い怪異に見舞われたことがあるのかもしれません」
二人は周囲の人々の表情に目に浮かぶ密やかな恐怖を感じながら、
明日の予定を立て、何が起ころうとも立ち向かえるよう、早めに寝ることに。