重い口調でアテンは語ってくれた。
「ルナリア様は、現在海底界におります」
「海底界だと?! まさかあの父がそんな事を許したのか?」
「はい……」
まさかこんなにも速く連れて行かれるとは驚きだ。
父はルナリアを溺愛していたし、了承をしたとはいえ渋々ながらであった。まだ猶予があると勝手に思っていたのだが――
沈痛な面持ちでアテンは言葉を続けた。
「ルシエル様も止めはしたのですが、聞いては貰えず、押し切られてしまいました。仕方がないとしか言えない状況でしたが、天上神様の様子がおかしい事、海王神様の裏のある口調で、何らかの事があったとは考えられますな」
その内容は愛娘を遠い海底界に嫁がせるに至る程の強制力を持っていたというのか。
(他の者の目に触れさせぬように今まで秘匿にしていたルナリアを、こうもあっさりと手放すとは……一体どんな話があったんだ)
海王神の、あの腹の内がまるで読めない表情を思い出すと、腸が煮えくり返る思いだ。
(しかし海底界にいるとは……これでは尚更助けに行くのが難しそうだ)
海の底に行く手段は多くないし、あそこには空気もない。
俺達天空界の者は疎か、地上界の神も行くのは困難だ。だから兄は力を蓄えて好機を待てと言ったのだろう。
「ルナリア……無事だろうか、大丈夫だといいのだが」
(よもや手を出されたりなどしていないだろうな)
そんな考えが頭を掠め、肌がゾワリと粟立つ。
同意の上でなら、ルナリアが愛した男ならばいい。
だがリーヴに対してルナリアが見せていたのは嫌悪だ。もしもリーヴが何かをしでかしているのならば、それは許せない。
「今すぐ駆けつけたいでしょうが堪えて下さい。ルシエル様が必ず手立てを考えますから」
俺の顔を見たニックが慌てて腕を掴んで来る。
それ程酷い顔をしていたのだろう、部下に気遣わせてしまったのはよくないなと深呼吸をする。
「大丈夫だ。こう見えて落ち着いている。今のままでは海底界に行く手段もないし、兄上の言う通りまずは力を蓄えなくてはな」
闇雲に動いて海底界の者や天上神に気づかれて、更にルナリアを危険に晒すわけにはいかない。
特に深海などの奥に隠されたのでは余計助けにくくなる。一時の感情でそんな愚行を犯すわけにはいけない。
兄も、そしてアテンやニックも手助けしてくれているのだ。もう手段を間違えるわけにはいかない。
「それならばいいのですが、くれぐれも先走らないでくださいね。私やニックはあなた様の味方ですから」
「ソレイユ様の為なら例え火の中、水の中、どこまでもついていきますよ!」
アテンとニックが力強い言葉をくれる。ニックなどは胸を張り、勇気づけるようにかそんな事まで言ってくれた。
「そう言ってくれると嬉しいな。二人ともありがとう」
「私達はあなたの部下なのですから、そこまで気になさらないでください」
「そうですよ、どんどん命令しちゃってください」
アテンは表情を和らげ、ニックは八重歯を見せて笑う。
「頼もしい部下を持って俺は幸せだな」
焦燥と怒りで荒ぶっていた心が少しだけ落ち着いてきた。
ルナリアの現状を思うとすぐに平静になれるわけではないが、それでも二人の存在のおかげで気が急いて失敗しないようにと考えを改められる。
自分と彼女の今後の為にも、もっと強くならなければならない。
気持ちもそして力ももっと鍛えねば。
「そろそろ行こうか。まずはどこか落ち着く場所を探さなくてはならないな」
長々と話をしてしまったために日も暮れ、辺りはすっかりと暗くなっていた。
だがこれはこれで好都合だ。
これならば空を飛んで移動する事が出来る、この暗さならば他の者からも見つかりづらいだろうから。
人だろうと、そして神であろうと。
「今回会ったシェンヌは俺の敵ではなかったが、今後会う神がどうだかはわからない。地上界の神でも俺を厭う者もいるだろうし、天上神に与するものもいるかもしれないからな」
そして、あわよくば俺を倒して手柄を上げたいという神もいるだろう。
(神同士の戦いは名目上禁じられているが、追放された俺には適用されないだろう)
俺を倒して天上神に神力を貰いたいという者は多いはずだ、油断は出来ない。
「だから人の街にて身を隠しながら、力をつけようと思うのだが、アテンはどう思う?」
「そうですね……人の中であればそこまで目立ちはしないと思いますし、たとえ地上の神に見つかったとしても、街中であれば力を奮いにくいでしょう。身を顰めるのにはいいと思います」
アテンは賛同してくれたが、ニックはやや渋めの顔だ。
「人ってどうも苦手なんだよね。何かうるさいっていうか、」
どの口がいうのだろうか、ニックも相当おしゃべりな気がするのだが。
「ニックよりはマシだろう。四六時中話しかけて来るからな、お前は」
アテンも同様の事を思ったようで代弁してくれる。
「えぇ~酷いなぁ」
「まぁまぁその件は今のところはいいだろう。それよりそろそろ行こう」
このままでは収集がつかなくなるからな、俺は力を使って空へと浮かび上がる。
頬を撫でる風が心地いい。やはり地に足がつく感覚はなれないものだ。
「行くぞ」
風を切り、遠くに見えた灯りを頼りに進むと、二人も俺の後を追ってついてきてくれる。
(ルナリア。少しの辛抱だ、もう少しだけ待っていてくれ)
まずは拠点を決め、そして外敵を狩り力を蓄えないとな。
後は先に倒したハディスといったあの男の種族。あれも気になるものだ……
(兄上に会う事があれば話を聞いてみよう)
兄ならば、もしかしたら知っているかもしれない。